プレイセラピーの効果は?精神不安定だった娘が笑顔になるまで

娘は幼稚園でのトラウマから精神的に不安定になりました。

「幼稚園いきたくない」に秘められた悲痛な娘の思い、葛藤の日々

2019年5月5日

私は小中学校で子供の心のケアを専門として勤務してきた為に、最初は娘を治そうと必死でした。

それが結果的に娘を追い詰めることになっていたことに、しばらく気がつくことができませんでした。

治そうではなく、母親として娘のありのままを受け入れよう、今の娘を丸ごと愛していこうと思えた時から、娘の心が少しずつ開いていきました。

「幼稚園行きたくない」トラウマと向き合う

娘は3歳まで、幼稚園へ通ったことがありませんでした。

幼稚園を見学に行きましたが、すごく嫌がったので、3歳のうちは習い事へ通わせることで、私から離れることに慣らしていくようにしていました。

4歳になり、幼稚園へ見学した際は友達と仲良く遊ぶことができていたので、幼稚園の年中から入園を決めました。

入園後、1か月経つ頃から娘は

「幼稚園に行きたくない。」

と話すようになりました。

最初はどうして幼稚園が嫌なのか、わかりませんでした。

娘に聞いても

「わかんない。」

と話します。

「嫌なことがあったの?」

と聞いても首を振ります。

私は大学院で教育心理学を専攻し、小学校でスクールカウンセラーとして働いていた経験があります。

言葉で伝えられない分、絵や人形を使って試みましたが、娘は幼稚園に関わることについて

「話したくない。やりたくない。」

と拒否していました。

今だからわかることですが、家では幼稚園のことを一切忘れたいと思っていたようです。

幼稚園に入園するまでの娘の生活には、意地悪、仲間外れ、怖いというような言葉が出てくる体験は一度もありませんでした。

その為、娘は友達が意地悪すること、仲間外れにされること、嫌な言葉をかけられることなどを言葉にして伝えることができなかったのです。

すべての辛い体験を「幼稚園に行きたくない」という言葉でしか訴えることができませんでした。

私は言葉を話せる子供たちのケアを学んできましたが、小さな年齢の子供、特に自分の子供に対して、客観的に診ることができなくなっていました。

娘は必死に

「幼稚園に行きたくない」と自分の気持ちを言葉で伝えていたのに、私は自分の先入観を当てはめ、私と離れるのが寂しいのかな、慣れるまで辛いだけなのかなと、勝手に憶測していました。

幼稚園へ行かないと困るという固定観念にしばられ、自分の不安や心配を優先していたのかもしれません。

私が娘の辛さに気がついた時には、取り返しがつかない状態になっていました。

幼稚園を途中で辞めさせた後から、娘の中に溢れる怒涛の怒りや寂しさ、苦しみが外へ出てきました。

大人や子供に近づくことを恐れ、家から出たくないと家に引きこもり始めました。

夜な夜な、

「ママのお腹に戻りたい。生きていたくない。」

と泣き続けます。

私は、カウンセラーなのに、どうして娘の気持ちを受け止めてあげることができなかったのだろうと、自責の念に駆られました。

娘をこんなにも苦しめてしまった、どうして私は娘の傷の深さに気がついてあげられなかったのか。

私は、自分が一番許せませんでした。

カウンセラーとして仕事をしていた日々を恥ずかしく思いました。

自分の生きがいと思ってきた仕事、救われましたと言ってくれた先生や親たちの顔や子供たちの笑顔を思い、実際は自己満足だけで何もできていなかったのかもしれない、何もわかっていなかったのではないかと思い詰めるようになりました。

今までの人生を否定されているような気までしました。

同時に、私がもっている知識や経験を総動員して、どうにかして娘を治さなければ、なんとか娘に生きる希望を与えなければと、必死に考えて生活していました。

プレイセラピーと療育

カウンセラーは、基本的に家族や友人をカウンセリングすることはできません。

客観的に診ることが難しいからです。

私は、児童精神科医に娘と通うことにしました。

臨床心理士の先生が、娘のプレイセラピーを担当してくれますが、娘と心を通わせるまでに少し時間がかかるだろうと思いました。

その間自分にできることを探しました。

娘が大好きな人形のシリーズと家を買い、少しずつですが、友達とのやり取りを実演していきました。

最初は、ただ仲良く遊ぶだけにしました。

娘の人形にはたくさんの友達がいて、大人気です。

とにかく楽しく遊びました。

毎日、人形遊びを繰り返しました。

それから徐々にですが、仲良く遊ぶお人形の世界から、意地悪なお友達が出てくる場面も作りました。

人形を通して、意地悪な子に怒りをぶつけることで、鬱積していた思いが少しでも軽くなればと願っていました。

幼稚園で、娘はすごく悔しかった、そして、辛かっただろうし、怒りたい気持ちもいっぱいあったと思います。

それでも娘は、喧嘩は悪いことだからと怒ることも言い返すこともなく、黙って必死に耐えてきたそうです。

実際、人形遊びでも意地悪をされた時に娘は言い返すことはせず、黙って固まっていました。

幼稚園に通わせるまで私は娘に、友達に優しくすることだけを教えてきたことに気がつきました。

そして、喧嘩をしないようにと、娘に我慢することを教えていました。

意地悪をする友達がいること、そして何も言わなければそう簡単に意地悪を止めてくれない友達や嫌な言葉を投げかけ続ける友達がいること、そういう子に出会った時にどうしたら良いのかを教えたことが一度もありませんでした。

私は娘に、

「意地悪をされた時は、怒りなさい。」

と教え始めました。

「嫌だ。やめて。」

と大声で叫ぶことも教えました。

最初は人形を使いました。

私が意地悪な子と意地悪をされる子を演じ、どのような方法で解決できるのか、何通りも実演しました。

周りの友達が助けてくれることもあるし、一人で対応しなければいけない時もあります。

慣れてきた様子が見えたら、娘の人形にも意地悪をしかけてみて、娘に、怒ることを教えました。

怒りを持って大きな声で、やめるように相手に伝えることを教え、練習しました。

同時に、意地悪な子を避けること、そして先生に助けを求めることを教え始めました。

意地悪な子から身を守る術を教えると共に、優しい子は必ずいること、そして意地悪な子はきっと幸せではないその子の問題であって、決して意地悪される側に非があるわけではないのだということを伝え続けました。

ありのままを受け入れる

私はいつの間にか、娘を幼稚園に行く前の状態に戻すこと、治すということが目標になっていました。

母親であるよりも、カウンセラーとしてどうしたら娘は良くなるのだろうと、日々観察、分析、そして、心理療法を試みるというような、娘を治すことに重きを置いていた日々を送っていました。

ある日、ふと、私は娘のありのままを受け入れることができているのだろうかと気がつきました。

治そう、戻そうではなく、娘のありのままの状態を受け入れ、愛していることを十分に伝えられているのだろうかと思いました。

幼稚園や学校に行けなくても良い、そんなことはどうだって良い、生きていてくれれば、楽しいと思う日々を送ることができていればそれだけで良いと、きちんと娘に伝えることができているのかと疑問に思いました。

疑問に思ったその日から、私は一切の心理療法や分析を止めることにしました。

そして、治そう、元に戻そうという気持ちを捨てることにしました。

幼稚園や学校に行けるようにさせなければという気持ちは、娘に対し、今のままではダメだよ、今の娘はダメな子だよというメッセージを送っているに他ならないのではないかと思ったからです。

心の治療は専門家に任せよう、私が親として今娘にできること、私にしかできないことは、今の娘のありのままを受け入れる、きっとそれが、一番必要なことかもしれないと気がつきました。

私の不安や心配は捨てるように心がけました。

一番に望むものは、子供の笑顔、幸せです。

娘の精神状態が不安定でも大丈夫、学校へ行けなくても友達と遊ばなくても大丈夫、そのままで大丈夫、大好きだから、とにかく生きることを一緒に楽しもうという気持ちになりました。

同時に、ただひたすら娘と一緒に楽しい毎日を過ごすことだけを考え始めました。

家では娘の好きな人形遊びからおままごと、ボードゲームやカードゲーム、外出先では公園や川遊び、ゲームセンターや可愛い小物や服を買いに、とにかく娘が嬉しい、楽しいと思える時間をたくさん過ごしました。

公園でも娘とたくさん遊びました。

自然の中にいると、たくさんの発見があり、自分たちの悩みを忘れることができました。

娘にも少しずつですが、笑顔が増え、同時に私も毎日を楽しく過ごせるようになりました。

自然と2人で笑って過ごす日が増えていきました。

心が元気になってくると、友達と遊んでみようかな、学校へ行ってみようかなという気持ちが自然と湧いてくるようです。

娘のありのままを受けいれることで、本当に大切なことが見えてきました。

私の不安や心配、世間体やプライドなど、すべてを捨てて、心から娘の今を愛した時に初めて、娘の傷ついた心に私の思いが届きました。

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