保育士の筆者が産後うつ?思い描いていた育児の理想と現実。

初めて子どもを授かり、妊婦となった皆さん本当におめでとうございます。

我が子との対面が待ち遠しいですね。

今回は、私が妊娠から初めての出産、子育てを通して知った大切なことを体験談を基に書かせていただきました。

結婚、妊娠、喜びの連続

私は保育士という職業に就いていた為、誰よりも子どもと接する時間が長かったです。

そのため、結婚をしたら子どもを早いうちから欲しい…と思っていました。

結婚した主人も、保育士だった為早くから子どもが欲しいと考えておりました。

そして奇跡的に、結婚後すぐに子どもを授かることができました。

保育士の仕事で見てきた子育ての世界

子どもをお腹に宿した状態の仕事は激務でしたが、我が子がここにいると思うと頑張ることができました。

また、保育士をしていた為、多くの保護者の子育て状況というものを把握していないといけない部分もありました。

なぜ、自分が休みの日まで子どもを預けるのか、私なら子どもと過ごせる時間が少しでもあれば、一緒に過ごすのに…

と感じることや、

乳児期になぜ子どもを預ける時間を長くしていくのか、乳児期だからこそ少しでも母親との時間が必要なのではないか…

と言った気持ちが巡りました。

そのような保護者たちの様子も見てきたため、自分は子どもが生まれたらこうしてみたい、このように子育てをしていきたいという勉強にもなりました。

それだけではなく、実母が専業主婦だったこともあり、常に子どもと一緒に過ごし、子どものために多くのことをしてくれたことが私の中では“理想の母親像”として意識の中にありました。

そのような多くの気持ちを抱え、母親になるための心の準備をしてきました。

ですが、保育士という職業は妊婦にとって思っていた以上に激務だった為、私は切迫早産になってしまい傷病休暇を取り、そのまま産休・育休を取ることになりました。

出産間近…しかし前期破水からスタート

いざ、出産となりましたが、私の場合は切迫早産だったこともあり前期破水をしてしまい、陣痛が来る前に入院となりました。

入院中は、破水してもなかなか出てこない我が子のために病院の階段を登り降りをひたすらやって、陣痛を試みました。

やはり出てこない為、誘発剤を入れようやく陣痛・出産へとたどり着きました。

出産、病院で子育て方法を知る

我が子を初めて抱っこした時、涙が止まらず

「これからは、ママとしてよろしくね」

と声を掛けたことを覚えています。

入院中は、助産師さんが付きっきりで育児や母乳についてのことを教えてくれました。

退院後は、一ヶ月は実家で過ごすことになっていたのでそれまでに子育てのことなどを慣れていければ良いかなという楽観的な考えがありました。

退院、慣れない育児生活へ

いざ、退院し実家に帰ってみると病院ではすぐに聞けたことが聞けなくなり…その都度パニックになっていました。

幸い、私の入院していた病院は24時間で子育てママの相談に乗ってくれる電話回線があったので、その都度電話して聞くことが多かったです。

それくらい、やっと出会えた我が子のために神経質になっていた部分も多くありました。

日に日に成長をし、母乳だけでは足りない様子の我が子を見て混合にもしようか迷いましたが妊娠前、分娩先の病院で

「母乳の方が子どもとの親密な関係を築けるよ。

だから、母乳育児を頑張りましょう」

という話を聞かされたり、混合にするために調べたネットなどの情報で

“愛情や子どもに必要な栄養は母乳!”

という記載を思い出し、出ないながらも必死に母乳をあげ続けました。

その結果、睡眠時間も削られていきました。

我が子が寝ている間に、実母からは

「少しでも寝ておきなさい」

と言われました。

ですが、私は保育士として学んだ知識がこの時は邪魔をし

“SIDSが起こったらどうしよう”

“私が寝すぎて子どもの泣き声に気づかなかったらまずい”

などの、考えが巡っていき休むことができませんでした。

夜中も、そういうことを気にして起きている状態が続きました。

家のことは、実母が行ってくれたため、私は子育て以外は何もしなくて良い状態が続きました。

里帰り出産を終え、自宅に帰る時…私と我が子の心の変化

しかし、日に日に自宅へと帰る日が近付きはじめ、まだ子育てにも慣れていない自分がこれからは我が子と2人っきりになり、家事もこなしていかないといけないという状況になりました。

その頃から、持病の過敏性腸症候群が悪化し下痢続きの毎日を送っていました。

両親たちが、買い物に行っている間は2人っきりになり、それすらも怖くなりました。

腹痛でトイレにこもっている間、寝ていたはずの我が子が泣き始めるということが何度かありました。

その声を聞くたびに、トイレから出たくない気持ちでいっぱいになりました。

やはり、私の不安やストレスが我が子にも伝わっていたと思います。

気持ちが追いつかない!もう子育ては無理!逃げたい…

更に、日が近づくにつれ、私の抱っこでは泣き止まなくなり、両親が抱っこすると泣き止むようになっていました。

なぜ、私を嫌がるの?

私は、君のために必死なのに何がいけないの?

などの気持ちが巡っていきました。

私だけが、君の母親なのになぜそんなに拒否をするの?

その気持ちが一番強かったと思います。

私の中で、想像していた母親像が崩れ始め、このままでは実母のようになれない、保育士なのにこのままではいけないという思いにかられ始めていました。

ですが、私だと泣き止まない我が子に遂に限界がきてしまいました。

“もう見切れない”

そうなって、私は自室から出てこられなくなりました。

自室でどうして良いか分からず、布団にこもって泣いていました。

それを見て、実母が駆けつけ落ち着くまで私の隣にいてくれました。

その間、実父と弟で我が子を見てもらう形になりました。

それでも泣き続ける我が子に、母親としてすぐに行かないとという気持ちはありましたが体は言うことを聞かず、布団から出られませんでした。

私が早く、自宅に戻らないといけないと思っていたのは主人の存在でした。

主人は、早く3人で暮らしたいという思いがあったようで、私に嬉しそうに語っていたからです。

その主人のためにも、早く一人前でなくても半人前の母親として帰らないと、という思いもありました。

ですが、私自身も気付きました。これでは無理だと言うことを…。

この様子を見て、実母が主人に電話をしてすぐに主人も駆けつけてくれました。

実母は

「これでは帰すことができないから、もう一ヶ月預かりたい」

と話してくれました。

この話を聞いただけでも、自分は情けない母親だと思いました。

その後、両親たちに見てもらっている間に主人が隣で私の背中をさすってくれました。

「ごめんね、一人でここまで背負わせて。

でも、君が帰ってきても全部家事や子育てを一人でやらせるつもりはないよ?

だって、自分たちの子どもなのに母親一人に家事に子育てをしろなんていうわけないよ。

だから、そんなに気負わなくて良いよ。

もう少し、ここでゆっくり赤ちゃんと向き合って、自分の心構えができたら帰っておいで?」

主人の言葉、実母の私の気持ちの整理がつくまでここにいて良いことを承諾してくれたこと、私は一人で気負わなくて良かったことにとても気持ちが軽くなっていくような気持ちになりました。

実母からも

「私は頼る人がいなかったから、結果逞しくなっただけ。

でも、あなたには近くに頼れる家族がいるでしょ?何かあったらいつでも帰って来なさい。」

何かあったらいつでも帰って来なさい。」

その言葉だけで、私は一人ではないということを知りました。

その日は、両親の提案で主人は実家に泊まることになり、夜の様子などもしっかり知ることができたと言っていました。

「これでは、睡眠もなかなか取れないだろうから夜は自分が見て、少しでも君は休むと良いよ」

と言ってくれました。

家族の支え、主人の理解もあって私のストレスも軽減されてきたようで我が子も私が抱っこしても泣かなくなりました。

恐らく、これが一番嬉しかったと思います。

子育ては一人じゃない、辛い時は誰かに頼ろう

ようやく気持ちにも整理がつき、自宅に帰る決心がつきました。

きっと実母の

「何かあったらすぐに帰ってきなさい」

が、私の心のお守りになったからだと思います。

私は、帰宅後も家事まで手が回らずその都度主人がやってくれました。

その日、何があったかも話を聞いてくれたり、分からないことが日中起きると実母が電話で話を聞いてくれました。

そういった協力があってか、知らぬ間に24時間の病院相談窓口に電話する機会が減りました。

これから出産を迎える初めてのママ・パパへ

これから出産をし、我が子との生活を楽しみにされているお母さんたち。

本当に、大変だと思うのはこれからになります。

私のように、母親像を持つことはとても良いことだと思います。

ですが、それが逆に自分を追い込んでしまう材料になることを忘れないで下さい。

“逃げたい”

となっても、我が子の泣く声を聞くと逃げることができません。

母親とは、本能的にそういう生き物だと思います。

ただ、だからといって自分一人で抱え込まないでください。

何かあったら、一番身近なご主人に話してみて下さい。

誰かに話すことで、少しでも気持ちが楽になると思います。

どうか私のこのちょっとした経験が少しでも多くのお母さんたちに役立ちますように。

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