超低出生体重児390gで生まれた我が子のNICU退院まで

日本は高度医療が進み、昨今では低出生体重児の出生率と生存退院率もあがってきています。

私が出産したのはちょうど10年前です。

少し血圧が高めで130くらい普段からあったから心配していたのですが、妊婦健診では特に体重が増えたことも血圧の事も何も言われなくて

安定期に入ればもう大丈夫なんだ!

って勝手に思っていました。

早産って何?って思っていました。

だから、安定期に入る頃に温泉を予約して温泉計画を立てたりしていました。

とにかく毎日楽しくてわくわくしていました。

多くの女性が経験する出産、それは時には大きなリスクも伴うけれど、

まさか自分が?

って全く関係ない別物のように感じていたし考えもしなかった。

早産と低出生体重児の母を経験して思う事は、形は違うけれど母なんだってことです。

妊娠6ヶ月までは順調だった

私はずっと仕事していました。

妊娠したのは34歳の時でしたが、出産時は35歳になるということで、高齢出産の部類に入るそうでカルテにも書いてありました。

仕事が忙しくて、お腹の赤ちゃんの事をあまり考えていなかったかもしれません。

一向に胎動も感じなくておかしいなとは思っていました。

つわりも全くなかったので、妊婦としての自覚はあまりなかったかもしれません。

職場でエレベーターをあまり使うなと言われて、階段で普通に上り下りしていたし、満員電車にも乗っていました。

職場でエレベーターをあまり使うなと言われて、階段で普通に上り下りしていたし、満員電車にも乗っていました。

妊娠6ヶ月過ぎてもうすぐ7ヶ月って時でした。

妊婦健診に行ったら医師から

「大きくなってない!」

と言われて、急きょ話しをされました。

主人も一緒だったので一緒に話を聞きました。

医師は今まで私に何一つ注意もしなかったのに、いきなり

「太りすぎじゃないの?そもそも妊婦の自覚がなさすぎる」

と怒り始めます。

すぐに大きな病院で検査しようということになり、紹介状を書いてもらいました。

突然の転院と出産

その後、大きな病院の産科で診てもらいましたが、医師には

「週数の計算が間違っているとかないの?」

という感じで、また翌週来てと言われて翌週行くと、

赤ちゃんが大きくなっていない!

となり「即手術」になったのでした。

まだ妊娠7ヶ月で・・そもそもまだそんなにお腹も大きくない。

これで出産って?今の推定体重は何グラムか質問すると600グラム位という返答があり、

「障害とか大丈夫なんでしょうか?」

と聞くと、

「それ前提だよね。ない方が珍しい。それよりも生死が掛かっているんだよ」

ということで、あっという間に手術が決まって、その日に手術して出産しました。

私の両親も兄弟も大慌てでやってきたようです。

まさかの出産に誰もが驚いたのは言うまでもありません。

本当は10ヶ月お腹にいないといけないのに、早産になるリスクはたくさんありました。

聞いたことのない病名もその時にたくさん聞かされました。

何も考えられぬままの出産でした。

低出生体重児とは

低出生体重児とは、出生時体重が2,500g未満の新生児のことを指します。

さらに細かい分類として、出生時体重が1,500g未満の新生児は極低出生体重児、1,000g未満の新生児は超低出生体重児と呼ばれます。

一言に「低出生体重児」といっても、原因や出生週数、体重などに応じてその経過には非常に大きな幅があります。

正常な体重を有する新生児と遜色なく経過することもある一方、出生後の適応がうまくいかずに集中治療を要することもあります。

特に出生週数が早い場合は生命の危機に陥ることもありますし、長期的な合併症を抱えることもあります。

ちなみにわが子は390gで出産したので「超低出生体重児」となります。

日本で一番小さく生存退院した子は265gの赤ちゃんです

(2007年の時点で国内で1番小さく世界で2番目に小さいと記載されてありました)

今はもっと小さい子もたくさんいるかもしれません。

ひと昔前では助からなかった命も、ここ最近の技術で助かる命は確実に増えています。

NICUとは

NICUとは、新生児集中治療室と正式にはいいます。

生まれつき重い病気を持っていたり、小さく生まれたりした新生児を24時間態勢で救命治療、看護する所です。

普通の病棟と違って隔離病棟みたいになっていて、一般の人は中に入ることもできません。

NICUの看護師以外も気軽に立ち寄れない領域です。

そこの中にはそれぞれクーベースという保育器があって、赤ちゃんはその中で守られて治療されます。

NICUは24時間体制で治療されるのと、この保育器が物凄い高価なもので入院費用も凄く高いです。

日本では「養育医療制度」というのがあり、健康保険と自治体の負担により、実費のみ月5000円程度の費用ですみますが、実際の費用を計算すると何百万にもなります。

日本はこの制度があるから助かりましたが、アメリカ等では家を売却しないと支払えない等、かなり厳しい状況らしいです。

この話を聞いたとき「日本人で良かった」と思いました。

ただ、日本にもNICUがある病院は数少なく、保育器もいっぱいで空いていない事が多く、遠くから救急車やヘリで移送されてくるママもたくさんいました。

そういう意味では、即手術できてNICUに入れた娘はラッキーだったのかもしれません。

予後が心配

NICUには半年くらい入院していました。半年で体重が約3,000g。ようやく新生児並みの大きさになりました。

しかも、びっくりしたのは、予定日が早まった為に学年が繰り上がってしまった事です。

「養育医療制度」の申請の事もあり出生日は修正できません。

日本では生まれた年で生活しないといけません。

就学猶予について色々調べましたが日本ではかなり使うのは厳しい制度のようです。

娘が生後半年くらいの時、同年代の赤ちゃんは歩いている子もいるわけです。

もう生まれた時からのスタート地点が違う感じでした。

小さく生まれたことによる問題はかなりたくさんあり、書ききれないですが、

「未熟児網膜症」「慢性肺疾患」「未熟児くる病」

は有名です。

超低出生体重児で生まれ、NICUで受けた診断、検査は?

2019年3月8日

ひと昔前の保育器は、目に悪い事がわかり失明する子も多かったですが、娘が生まれた頃は改善されて「未熟児網膜症」でレーザー治療しなければ、失明というリスクは避けられました。

しかし「弱視」「斜視」等になりやすい等、様々なリスクを負っての生存退院でした。

名医の誤診?内斜視から弱視、治療のため年長でメガネ生活

2019年3月8日

まとめ

無事に生存退院しても残念ながら亡くなる赤ちゃんも多いです。肺炎にとてもなりやすいのです。

生後6か月で始まった在宅医療!在宅酸素は?経管栄養は?

2019年3月8日

とても厳しい状況のなかでも頑張った我が子を思うと、ただただ凄いと思います。

最後に「オランダへようこそ」というお話しの紹介をしたいと思います。

「オランダへようこそ」は、ダウン症児のお母さん、エミリー・パール・キングスレーさんが1987年に書かれた詩だそうです。

低出生体重児の母が感じる心情と全く一緒です。

この詩を見て何度も泣きました。

イタリアに行けなかったけれど、オランダもそう悪くないよっていうお話しです。

とても勇気づけられました。

オランダへようこそ」で検索するとヒットするので是非ご覧になってください。

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