4歳で吃音症となった息子9歳と向き合う難しさ

言葉を覚え始めてから3歳頃までは普通に話せていたんです。

4歳の時、突然発症しました。

今、息子は小学校3年生、まだ治っていません。

息子の性格と環境

私には今、7歳の娘と9歳の息子がいます。

主人の実家で、義理母と同居をしています。

考え方の古い、田舎の家で育った主人は長男で、嫁の私は結婚当初から、早く男の子を産めと言われ続けていました。

息子はその念願の男の子で、初孫でした。

義理母と、その当時まだ生きていた義理祖母は、それはもう喜んで、息子が生まれた瞬間から、

「この子はこの家から出しちゃいかん、後継ぎなんだから」

と何度も言っていました。

同居に疲れていた私は、息子だけは自分の思うように育てたいと、義理家族に子育てについて口を出されても聞き流しているつもりでした。

だけど、私のストレスは限界だったと思います。

上手く子育て出来ている自信がありませんでした。

息子はとても物分かりの良い子で、誰にでも愛想が良かったので、義理母と義理家族は息子にとても期待していました。

この子は息子(主人)に似ている、私たちのこの家のために産まれてきたんだ、と必要以上に干渉してきました。

習い事は義理母が勝手に決め、小さい内から習わされて、おやつを食べる時も必ず、数を数えさせられ、それを足したり引いたりさせられてから食べるような、窮屈な育て方です。

そんな息子は、おばあちゃんの前では本音が出せなくなっていました。

習い事に、「行きたくない」と泣くのは私の前だけです。

なんとかこの子からストレスを取り除いてあげたいと、

「習い事嫌がっているんですよ」

と義理母に言っても、息子に

「行きたいわよねー?」

と高圧的に言われ、息子はうんと頷いてしまいます。

なんか聞き取りにくい?と気づいた時にはすでに発症

娘が生まれて1年ぐらいしたころ、息子が4歳になる前だったと思います。

滲出性中耳炎にかかってしまい、息子は耳が一時的に聞こえなくなっていました。

返事をしないな、とは思っていましたが、テレビに夢中になっている時も返事をしない時があったので、そんなに気にしていませんでした。

私が気付くのが遅かったので、どれくらいの間、耳が聞こえていなかったのか分かりませんが、治療にとても時間がかかってしまいました。

本当にかわいそうな事をしてしまいました。

息子の言葉が出にくくなったのは、その辺りからです。

しばらく耳が聞こえ辛かったのは、関係ないのかも知れません。

滲出性中耳炎になっていなくても、吃音を発症していたのかも知れません。

原因はその時も、もちろん今も、全く分からないままです。

一般的に吃音といえば言葉の出だしが、

「お、お、お、おかあさん」

とどもるイメージだと思いますが、息子の場合、初めの頃は

「お、おーーーーかあさん」

と少し伸ばす話し方になっていました。

「おーーーかあさん、あーーーのね」

といった具合です。

その時は、しばらく耳が聞こえなかったせいかな、とあまり気にしていませんでした。

まだ小さいし、とも思っていました。

私は吃音症という病気のことをまったく知らなかったし、頭に思い浮かびもしていませんでした。

話し方の変化

2ヶ月くらい経ったころに、話し方が変化しました。

一音目を伸ばす話し方ではなくて、

「おっっっっかあさん、あっっっのね」

と、詰まった話し方です。

ひどい時は

「おっっっっ・・・」

と詰まったままその後の言葉がでないこともありました。

さすがに私も心配になり、インターネットで調べてみました。

どこのサイトをみても息子の話し方は吃音だと書いてありました。

その時はすごくショックで、なんでこんなことに?いやすぐに治るでしょ、いやでもストレスが原因とか?それとも先天性?

など、頭の中でぐるぐる悩んで、悩み過ぎて、息子が話しにくそうにしているのをみるのもストレスに感じていました。

今思うと、ひどい母親です。

なんとか治療をしてもらいたいと動き始める

保育所の先生に相談し、紹介してもらったのは、隣の町の総合病院のケアステーションでした。

言語療法士の先生がいるから診てもらおうと予約をしました。

男の先生でとてもしっかり話を聞いてくださり、これまでの生い立ちや、息子の性格など1時間ほど、お話をしました。

原因は不明だけど、お母さんの育て方のせいとかそんな風には考えないで、と私のカウンセリングが主だったように思います。

話を聞いて下さったおかげで私も少し冷静になれたのだと思います。

だけど田舎の病院で症例が少ないため、吃音症の子もここには通っていないし、そもそも周りにいないようでした。

言葉がなかなか出ないなど、発達に遅れが見られる子のトレーニングしか行っていないようで、その先生も吃音症について専門的な知識があまりないようでした。

もっと専門医がいる所はないか、探しましたが、

息子は自分の話し方のせいで病院に行くのは嫌だといっていたので、

車で何時間もかけて行くのは諦めました。

家でじっくり息子の話し方を受け入れてみて様子を見ようと思いました。

心の動きと関係あるような、ないような

息子の話しにくさには、波がありました。

結構すらすら話せている!という日もあれば、全く何言っているか分からない、という日まで様々でした。

保育所で嫌なことがあった日、嫌な習い事に行く前、など、嫌な時は吃音も酷く出るような気がします。

長期の休みや、楽しいおでかけの日は、あまり出ていないような気もします。

が、関係ない時もあるようで、素人の私が分析した所で治るわけがありません。

4歳半頃から

「お、お、お、おかあさん」

という、話し方に変わって行きました。

そして今9歳ですが、未だその話し方のままです。

一向に治る気配はありません。

周りのお友達の反応

保育所でも幼稚園でも今の小学校でも、幸いな事にこの話し方が原因でいじめられたりしたことはありません。

たまに何も知らない子が、悪気なく息子の話し方を真似する時はあるようです。

私の知らないところで、きっと沢山傷ついたりしている事もあると思います。

小学校2年生の時に、一度息子と吃音症について話し合ったとこがあります。

その時の話を覚えていてくれて、前向きに自分の話し方を自分なりに受け入れようとして頑張っているようです。

なんで僕はこんな話し方なの?

小学校2年生の時に、突然息子が

「僕はなんでこんな話し方なの?なんで普通に話せないの?」

と聞いてきたのです。

泣くのを我慢して聞いてきました。

私はそれを見て、ああ、まだ子供だけど、自分の病気については本人も知りたいのだな、と気づいたのです。

「大丈夫だよ、いつか良くなるよ。」

ではごまかせないのです。

息子に吃音症の説明をしました。

「あなただけが話せないのではなくて、「吃音症」という名前の病気で、世の中にはこの病気の人は沢山いるし、子供の頃からずっと治らない人もいるし、治った人もいる、ある場面になった時だけ話せなくなる人もいるし、隠している人もいるんだよ」

と説明しました。

「じゃあなんで僕がそれなの?ずっとならない人の方がいいよ。日直の時のスピーチだってちゃんと言えないし、嫌だよ。」

と息子は言いました。

本当にその通りだと思うし、そう思うのは当然です。

こう聞かれた時に、なんて言おうか、私はずっと考えてきました。

難しい答えだけど、理解してくれるかどうか分らないけど、息子に伝えようと思いました。

「ねえ、もしも、あなたと同じ病気の子がいたとして、その子の辛い気持を分かってあげられるのは、お母さんかあなた、どっちだと思う?
人間には役割があって、その人にしか与えられない事ってあるんだよ。
同じ吃音症の人に、こうやったら上手く話せるよ、こんな時ひどくなるよって教えてあげられるってすごいことだよ。
今はこの話し方のせいで嫌な目にあったり、辛い思いしたりすることがあっても、それと引き換えになるくらい、この経験が役に立ったり、誰かの為になったりするんだよ。」

と言いました。

息子は、真剣に話を聞いてくれました。

そして、

「分かった。うん、そーかも。」

と言ってくれました。

息子なりに解釈して何かが分かったようでした。

病気に向き合っていくのは本当に難しい

その後、息子は、少しずつ自分の病気を受け入れているようでした。

「実はア行(母音)が言いにくいんだよね」

と自ら教えてくれたこともあります。

こんな話し方は嫌だ!と言うのではなく、こうした方が話しやすい気がする!と教えてくれます。

今まで話し方の事については、話題を逸らすような所があったのに、私の話を聞いて、少し前向きになったようです。

子供だからどうせ難しいことを言っても分からないと思わずに、息子を信じて話して本当に良かったと思いました。

原因も分からない、いつ治るかも分からない、そんな病気を受け入れるって大人でも難しいことです。

義理母や義理祖母の過干渉や、私と義理家族の悪い関係が息子にどれくらい影響してしまったのか、実際には分かりません、

私の育て方が悪かったのかも知れません、保育所で何かストレスがあったのかもしれません。

原因は本当に分かりません。

私は自分を責めたり、義理家族のせいだと憎んだりしていました。

一生治ることはないかも知れないし、ある日突然治るのかも知れません。

これから吃音症のせいでまだまだ辛いこともあるかも知れません。

でも前を向いて歩いていこうとする息子を見守っていくことが、母親の唯一出来ることかなと最近になってやっと分かってきました。

とても難しいことですが、これもこの病気のおかげで得ることが出来た経験だと思っています。

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