精神病の母の介護と二人目不妊でストレスを抱える日々…

1年10か月前、母から突然聞かされた母の幻聴という精神病。

ほぼ同時期に考え始めた2人目の子供。

日に日に悪くなっていく母と毎月来る生理。

原因不明の不妊に悩みながらも、母の介護は必要になっていくばかりでした。

母の病状悪化

還暦を迎えた母から突然聞かされた幻聴という原因不明の症状。

私は、脳の病気を疑い脳神経科に連れていくも異常は見つかりませんでした。

育児と介護…元気だった母が精神病に?投薬開始後は…

2019年3月23日

しかし、日に日に悪化していく症状に頼る先は心療内科です。

母自身、自分が精神疾患を患っている事を認めたくないのか、腰は重くも何とか連れて行きました。

病院に行っても

「脳が疲れているんだよ」

「ゆっくり休める事が大事だよ」

と言われ、精神安定剤を処方されます。

心療内科に通いだして半年が経った頃、母の病状は最悪でした。

座椅子に横たわったまま1日動かない日が続きます。

私は、当時4歳の娘を連れて実家に行っては家の事、父の食事、買い物を済ませ家に戻り自宅の事をするという日々を繰り返していました。

まだ、現役で仕事をしていた父も母の事、私の事を気にかけながらも仕事を長期で休むわけにもいかずもどかしい日々を過ごしていたと思います。

幻聴という症状からストレスを感じるようになり鬱になった母に、元気だった頃の面影はありません。

私も必死に母の世話をしますが、実際にはどう接すればいいのか、どうすれば母の気を少しでも楽にする事が出来るのかわからず模索していた気がします。

それでも症状が出始めて1年も経つ頃、母は少しずつ良くなってきました。

少しずつ話が出来るようになり、少しずつ食事が摂れるようになり、少しずつ外に出るようになりました。

私は、回復してくれてよかったと思う反面、また悪くなる時が来てしまうのではないかと不安を抱えていました。

それから半年は、外出も出来るようになり、食事も「美味しい」と口にするようになって私も安心した矢先、やっぱりと言うべきか徐々に母の病状は悪化していきます。

始めは、ほんの少しの変化から。

ボーっとしている事が増え、私が話しかけても上の空のように耳には入っているのに頭には入っていないような症状が現れ始めました。

母の悪化を認めたくない私は、ボーっとしていても極力話しかけるようにしていました。

しかし、いよいよ母の状況がおかしい事には父も気付きます。

私は、父に連絡をして最近の症状を話しました。

父も同じように感じていたようで、次の心療内科の受診日に母の症状の変化を話してみると言いました。

しかし私は先生に話したところで母の症状は、もうどうにもならない事はわかっていました。

薬を飲んでも、睡眠薬を飲んでも、母の病状はきっと心の問題で母自身が環境を変えようと思わなければ良くはならないだろうと。

わかっていながらも薬に頼るしか私には方法はありませんでした。

二人目不妊

母の幻聴の症状を聞いたとほぼ同時期に考え始めた二人目。

子供も当時は3歳になり、子育ても一段落ついたと感じられるようになり自然と二人目を考えるようになりました。

主人も私の考えに賛同してくれて本格的に二人目が欲しいと。

娘を妊娠した時には特に苦労することなく授かることが出来たので二人目もきっとすぐに出来るだろうと思っていました。

しかし、3か月4か月…半年…1年と時間だけが過ぎていきました。

私の年齢もまだ31歳。

出来ない理由は見当たりません。

しかし、出来ないのです。

主人は、早いうちに不妊治療をした方がいいのではないかと勧めてきましたが、私は「一人産んだんだから出来ないわけない!」と意地になっていました。

時間だけが過ぎていきました。

母の介護がある私には、落ち込む時間もゆっくり考える時間もありませんでした。

ただ

「いつか出来るもん」

そう思う事で気を紛らわせる事しか出来ません。

しかし、2年も経てば認めざるを得ません。

「私は二人目不妊なんだ…」

私は覚悟を決め、不妊専門の病院に行く事になりました。

悪化している母と思わしくない私の検査結果

不妊治療を始めた私は、まずは色々な検査からです。

ホルモン値や内診、卵管造営と着実に検査は進んでいきました。

この時点では、特に問題ありません。

しかし、主人にも採精検査を受けてもらった結果、まったく問題がなかったのでどこかに問題があるとすれば私という事になります。

卵管造営の痛みに耐え、レントゲンを撮って見ても詰まりもなく、卵胞のサイズを計ってもらいタイミングを見てもらいました。

そしてフーナーテスト。

頸管粘液内に精子がどのくらい残っているのか。

  • 15個以上で有意に妊娠率が高い
  • 10~14個で妊娠は十分に期待できる
  • 5~9個で妊娠は期待できる
  • 4個以下で妊娠率は有意に低い

とされています。

いつまで経っても慣れない内診台に乗り、内診で排卵している事を確認し、頸管粘液を採取します。

診察室に戻ると先生は怪訝な顔で顕微鏡を覗いていました。

先生が顕微鏡から目を離し、私の方に向き直り発した言葉は

「1匹も見当たりません。」

私は先生の言っている事がよくわかりませんでした。

1匹も見当たらないって事は0なの?

4匹以下で妊娠率は低いのに0ってどういうこと?

しかし、先生は淡々と話を進めていきます。

「次は高温期のホルモン値を計りますのでまた来週来てください。」

「…はい。…次はいつ来ればいいですか?」

と会話にならないほど私は動揺していました。

受付で次回の予約を取り、近くの公園のベンチにでも座って一回冷静になろうと思った瞬間、携帯が鳴ります。

母からです。

電話に出た瞬間母は

「いつ来るの?まだ?」

「わかった。ちょっと待っててね。すぐ行くから。」

そう伝えながらも私はベンチに座りました。

ほんの少しでいいから落ち込む時間くらいちょうだいよ…

しかし、そんな思いは母には伝わりませんし、伝えるつもりもありません。

私はただ何事もなかったかのように母の顔を見に行きます。

このまま私は、母は、どうなるのか

今現在、フーナーテストで出た結果の原因は不明です。

このまま授かる事が出来ないのか、いつかは娘に弟か妹を作ってあげる事は出来るのか。

母が以前のように元気になる事はあるのか、よくなっては悪化するのを繰り返すのか。

私にはわかりません。

何か一つでも変わればすべてがうまくいくような気もしているのです。

私に子供が出来れば、母も孫という生きがいができ快方に向かうのではないか。

母が良くなれば、私の負担が減りストレスも軽減され子供を授かる事が出来るのではないか。

しかし、その一つがなかなか変わる事が出来ないのが現状です。

それでも私は子供を望んでいますし、母の快方を望んでいます。

いつになるかわかりませんが、月並みな「そんな時期もあったね」と言いたいと心から願っています。

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