育児と介護…元気だった母が精神病に?投薬開始後は…

ある時から母が精神病に侵されていきどんどん何も出来なくなりました。

泣き出す母にどうする事も出来ない私と甘えたい盛りの娘を十分に甘えさせることが出来なかった私の介護と子育ての日々です。

いずれ良くなることを信じて今も介護は続いています。

私の家庭は4歳の娘がいるごく普通な3人家族です。

娘は幼稚園に元気に通い夫は普通の会社員。

よくある一般的な家庭です。

ただ一つだけ違うのは私の実母が精神病を患っている事。

いつも元気でパートも20年以上していた母がある時からゆっくり崩れていきました。

どうにかしたくても出来ない日々が続き自分を保つことで精いっぱいの毎日笑うことさえ面倒臭いと思っていました。

当時3歳の娘も場の空気を読み甘えたくても甘えられないと思わせていた日が続きます。

現在進行形の育児と介護の日々のお話をしたいと思います。

母からの突然の告白

母は1日5時間程度のパートと家事をこなしていた至って普通の主婦です。

ある日実家に娘を連れて遊びに行った時母が少し深刻な顔で話を始めました。

「最近頭の中がおかしい」

私はそれを聞いてもよく理解が出来ませんでした。

詳しく聞くと幻聴に似たようなもので意味のない言葉が頭の中をずっとぐるぐる回っていると。

その時私が心配したのは脳の病気です。

すぐに脳神経外科に連れていきMRIなどの検査をしました。

しかし異常はなし。

では何なのかと考えるとやはり精神的な病気です。

それから間もなく母を心療内科に連れていき投薬治療が始まりました。

治療も虚しく日に日に悪化する母

心療内科に行き投薬治療が始まりました。

そのタイミングで母のパート先が閉店になりまずは治療に専念しようと。

しかし薬を飲んでも全く良くならずむしろ悪化する一方でした。

それは当時3歳の娘が気付くほどです。

「さいきん ばぁば げんきないね」

娘がふいに発した言葉に母の病状の悪化を実感しました。

始めは

「また頭の中がぐるぐるしてるー」

と言うくらいだった母が3か月も経たないうちに座椅子に座り動くことを嫌がるようになったのです。

しかし私にもどうにもする事が出来ず何か母の気がまぎれる事を探しましたが結局何も出来ずに母は悪化の一途を辿ります。

あんなに元気だった母が

母は昔から元気で私の友人にも名前で呼ばれるほどで友人が母に会いたくて遊びに来るような人気者でした。

そんな母が座椅子に座り込み全く動かずしゃべらずじっとしている毎日。

正直生きているのか死んでいるのかわからないほど動かなくなっていました。

娘もその姿を見て実家に行った時には大人しく話すのも小声になってしまうほどです。

その頃には幻聴だけでなく胃の痙攣のようなものがあり緊張から来る胃の圧迫感があり食事も取れなくなりました。

それに加え手の震え。

恐らく薬の副作用です。

手の震えが来ることを母は怖がり

「助けて・・・。どうにかして・・・。」

と泣いて私の手を握っていました。

しかし私にはどうにもする事が出来ません。

「大丈夫だよ。すぐに収まるよ。」

と泣く母の手を握り背中を撫で母に見えないように私も泣いていました。

甘えたい娘を構う事が出来ない日々

どうにもならない母の病状に私もかなり参っていました。

毎日実家に通い実家の家事を済ませ泣きながら助けを求める母を慰める毎日。

娘が幼稚園に通いだした春。

自分の家の事、実家の事、良くならない母の病状すべてが私の背中に重くのしかかりストレスをストレスとも感じずに家では笑えなくなりました。

今思えば幼稚園に通いだしたばかりの娘。

幼稚園から帰ればママに甘えたいはずです。

しかし私は溜まってしまった家事と翌日実家に持っていく料理に追われます。

「まま きいて」

と言う娘の話を今忙しいからと聞かず隅で遊ぶ娘を一瞥しそのままにしていました。

時間がないと言いつつも娘の話を聞く時間くらいいくらでもあったはずです。

それを作らなかったのは私です。

ある日娘が幼稚園に行く前に私に聞いてきました。

「きょうも ばぁばのところにいくの?」

ばぁばのところに行くからママは疲れてるんだと幼い娘も感じていたのだと思います。

この時娘に我慢させている事を実感しました。

病院を変え徐々に話が出来るように

心療内科に通いだして6か月が経った頃転院を決めました。

新しい病院では効果のない薬を一切止め病状を見ながら作業療法でよくする方法を取るようになり母は少しずつ良くなります。

会話をするようになり少しずつ食べれるようになり時には笑う事も。

私は安心しました。

「これで良くなる。」

そう思っていました。

思っていたのかそう願っていたのかわかりません。

しかし私はこれで解放されると。

母の娘として最低かもしれません。

それでも私は母が良くなったことより解放される、これで普通の生活に戻れると思っていました。

少しずつ私も余裕が出来て娘とも遊ぶことが出来るようになった頃には心療内科に通い初め8か月が経っていたのです。

悪意はないとわかっていても心無い言葉に傷つく

それから7か月経ち母が心療内科に通い初め1年3か月が経ちました。

今では買い物にも一人で行けるようになり毎日私が行かなくても大丈夫になっています。

しかし母の幻聴は全く良くなっていません。

多分母はこの幻聴とうまく付き合いながら生きていくしかないと思います。

常に幻聴があるので母はかなりのストレスを感じているのです。

そんな母は私に当たるしかありません。

私の言葉一つ一つに突っかかるのです。

もちろん日常会話は問題なく出来るので普通に会話をします。

しかし何気ない私の言葉に八つ当たりをしてしまうのです。

私が

「今月金欠だ」

と何気ないことを言ってもと母は

「健康はお金で買えないんだからそのくらいで文句言わないで」

と言われます。

4歳の娘の事で相談したいことだってあります。

しかし私が悩み、相談をしても

「そんな悩みなんでもない。お母さんの方がつらいんだから」

と言われます。

私はその度自分の悩みを飲み込み

「そうだね。ごめんね」

と言うしかありません。

母に悪意はない。

ただ母から出てくる心無い言葉に傷つきながらも飲み込むしか私には手段がありません。

母もつらいのです。

今だけと自分に言い聞かせている日々が続いています。

子育てと介護

今現在も母は良くなっていません。

しかし座椅子に座り込み泣いていた母ではありません。

私にとってはそれが唯一の救いです。

娘も4歳になりそろそろ年中さんになります。

幼いながらも祖母の異変を感じ

「大丈夫?」

と声をかけるようになりました。

一番甘えたかったあの時期に十分に甘えさせることが出来なかったことをずっと後悔しています。

今でも母の生活の介助は必要です。

しかし少しずつでも母が良くなることを信じて毎日を過ごしています。

疲れが溜まり泣きたくなる日もありますが今私がへこたれるわけにはいかないのです。

母から大事に育ててもらった恩を返したい思いと我慢などさせずに我が子の子育てをしたいという思いの狭間で今できる事を必死にこなしています。

これでいいのかわからない毎日を過ごしながら母の完治と子供の健やかな成長をただただ祈る事しか出来ない私は今日も何とか笑えるように生きています。

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