なぜ赤ちゃんできないの?荒ぶる3年間の不妊治療を経て…

私が原因の不妊で 不妊治療をしていました。

幸い3年ほどの治療で赤ちゃんを授かりましたが、今思えば荒ぶる3年間でした。

基礎体温は不妊の目安

結婚してすぐに卵巣に膿腫が見つかりまして、膿腫の摘出手術を受けました。

その経過を見るために検査通院をしていたのですが、その際基礎体温表をつけるように言われたので、せっせと朝から体温計り、グラフにつけて持っていったら、お医者さんから

「ありゃ、排卵してないよ」

と言われました。

まぁ、私が見てもガッタガタなグラフでした。

月経周期が定まらないなーとは長年思っていたのですが、無排卵月経だったとは。

「赤ちゃんができない!」という方は、まず基礎体温つけましょう。

低温期と高温期がはっきりしないなら無排卵月経の可能性アリです。

不妊治療は痛い…

基礎体温を見る限り、自然妊娠はほぼ絶望的でした。

そのため、当然ながら不妊治療しましょうか、という流れになりました。

最初は排卵誘発剤の錠剤です。月経が終わってから飲み始めて、いい具合のときに排卵の様子を検査します。

病院で診てもらうのですが、気持ち悪くなるし、かなりイヤでした。

検査して、今日か明日に排卵!ということになると、旦那に

「今日か明日が排卵らしいので、今夜はひとつよろしく」

と伝え、翌日また病院に行って排卵した卵子を定着させるためのホルモン剤を打つという流れです。

このホルモン剤の注射が痛いのです。

筋肉注射なので、肩やお尻に打つことになるのですが、その日は重いもの持てないくらい腕が痛んだり、まともに椅子に座れないほどお尻が痛かったりしました。帰りの車の運転が大変でした。

最初の半年くらいはまだよかったです。

「まぁ不妊治療って長いっていうし、まだ始めたばかりだしね」

と思っていましたし。

でも一年を超えるあたりから、精神的にも肉体的にも辛くなっていきました。

妊婦が憎い

排卵誘発剤によるタイミング法を続けて一年が過ぎたころから、だんだんと気持ちが落ち込む日が増えました。

うちは両家とも

「子どもはまだ?」「孫の顔を~」

という両親ではありませんでしたが、

私が「結婚して赤ちゃん産むのは当然」って強く思い込んでいたのです。

自縄自縛もいいところでした。

毎月の月経が来るたびにトイレでハラハラと泣いたり、虐待のニュースがあるたびに異常なテンションで荒ぶったり、挙句、妊婦さんや子ども連れのお母さんに、殺意にも似た感情を抱くまでになりました。

私はもともと感情の起伏は乏しいタイプです。

自分の感情がコントロールできないことにも罪悪感を覚えて、ちょっと引きこもりになったりすることもありました。

自分自身の感情が手が付けられないほどに不安定になることは、とても怖いことです。

うちの旦那はのんきな人なので、

「できたらいいなー、でもできないならできないで二人でいろいろ遊べるなー」

くらいにしか思ってなかったそうです。

長男が生まれた後でそれを聞いて

「私が頭抱えてるときにそれを言えよ!」となりました。

実際そのときに

「子どもがいてもいなくてもいいよ。できないなら二人で楽しく生きよう」

と言われていれば、そこまで落ち込むことはなかったかもしれません。

でも、それは結果論でしかありません。

かえってそんなにのんきなことを言われていたら、さらに荒ぶっていたかもしれません。

後から考えると、夫婦で落ち込むことがなかったのは幸いだったように思います。

2人して暗くなっていたら、鬱に傾いていた私は、坂道を転がるように本格的な鬱病になっていたかもしれないと思います。

旦那が能天気なのは、腹立たしくもありましたが、気持ちが楽になる効果もありました。

「お互いがんばろう」

なんて言わず、

「どっちでも楽しければいいじゃーん」

と言われた方が、穏やかでいられるような気がします。

不妊治療中の女性は、不安でいっぱいです。

周りは妊娠にあまり触れずに、普段通りにしておく方がよさそうです。

飽きたら休む 疲れたらやめる

錠剤での治療が今一つ上手くいかず、お医者さんの判断で

「もう限界」

ということで、注射による排卵誘発剤に切り替わったのが、不妊治療を始めて1年2か月が経ったころでした。

1日置きに通院して注射を受けます。これも筋肉注射です。

2日に1回注射なので、右腕・左腕・右尻・左尻のローテーションで注射を受けました。

月に1万円超のお金がかかっていました。

「お金はかかる、通院はたいへん、体は痛い、ホルモン剤の影響で底なしにだるい」

で、散々な日々は、6か月ほどで私の限界を迎えました。

「もういやだ。病院行きたくない。痛いのもだるいのももう耐えられない」

そう言って旦那に泣きつきました。

すると能天気な旦那は

「ん?じゃやめる?休む?これからシーズンだし(夫婦でスノーボードやっていました)、妊娠したら雪山行けなくなるから、今年の冬はボード行こうか」

と言いました。

必死にがんばっていたのに、ふっと力が抜けました。

それで、次の通院日に、先生に

「もう嫌になったからやめます」

と伝えました。

すると

「せっかく排卵が安定してきたから、錠剤だけ飲んでおかない?そのシーズン中はお休みして、また春になってから考えれば?再開するも良し、止めるも良し」

と言ってもらえました。

じゃぁとりあえず…ということで、4か月分錠剤の誘発剤出してもらって家に帰りました。

そこからの4か月は、誘発剤を飲んでいるため、赤ちゃんをあきらめた罪悪感もなく、体も楽で、時間もあるから好きな読書もお菓子作りもでき、当然スノーボードも気ままに行くことができ、穏やかに過ごせました。

休むこと、妊娠したい!という気持ちから解放されることは大事です。

飽きたり疲れたりしたら、早めに休むことや止めることを考えましょう。

メンタルを第一に考えないと、自分が潰れてしまいます。

再開 そして・・・

春になり、シーズンが終わるころには、そこそこの気力が戻ってきました。

結局もう一回やってみようかということになりまして、そこから約1年で、待望の赤ちゃんを授かりました。

治療の成果ではあるのでしょうが、それ以外でなにか努力したかというと、何もやっていません。

最初の2年弱は、食べ物に気を遣ってみたり、適度に運動してみたり(私は極度の運動嫌い)、妊娠するための努力をしていました。

でも、お休みをはさんでからは、好きなことを優先してするようになりました。

ジャンクフードが食べたくなったら気にせず食べるし、夜更かしもするし、だらけたい日にはひたすらゴロゴロしていました。

ストレスフリーな生活の中で、惰性で不妊治療をしていたと思います。

実は赤ちゃんが欲しい気持ちが最大のストレスになっていたように思います。

思いつめすぎてストレスです。

ゆったり構えていたら、もしかするともうちょっと早く不妊期間は終了したかもしれません。これもまた結果論ですが。

終わりに

結局のところ、妊娠というのは神様の領域なんだなぁと思います。

体外受精や顕微授精など不妊の方には選択肢が増えました。

それでも妊娠の確率はそれほど大きく変わってはいません。

おそらく不妊の悩みも変わりません。

「こんなに頑張っているのにどうして?」と感じることも多いでしょう。

でも、例えばそこで

「これは自分でどうにかできる問題じゃないんだ。神様の領域なんだ」


と考えることで、気持ちは楽にならないでしょうか?

「誰のせいでもない。自分の努力が足りないわけでもない」

そう思えれば、不必要に自分を責めたりすることも少なくなると思います。

不妊治療の辛さは、肉体的なものよりも精神的な負担が大きいところです。

少し気持ちを楽にして、赤ちゃんをゆっくり待ちませんか?

そのうちに神様が

「あぁ、待たせてごめんねぇ、おわびにこの天使をお腹に入れてあげようねぇ」

って、かわいい赤ちゃんをくださるかもしれません。

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