頑固な娘の育児…沢山のなぜ?小児精神科での診断で心底納得!

娘が5歳になり、自閉症スペクトラムと診断を受けました。

知的障害、学習障害、多動はありません。

娘に顕著な症状は、感覚過敏と強いこだわりです。

特に、決められたルールや予定を守らない、適当いうことが許せません。

融通が利かず、とにかく頑固です。

いつもと違うことを嫌い、急に予定が変わるとパニックになります。

診断が付く前は、「なぜ?どうして?」と思っていたことが、診断を受け、ようやく娘の行動や心の動きに、心底納得できるようになりました。

そして、年月と共に、娘のパニックも、こだわりも、過敏性も、どうやって受け止めていけば良いのか、わかるようになりました。

それまでは、本当に長く苦しい道のりでした。

小児精神科での自閉症スペクトラムの診断まで

娘が幼稚園に適応できず、トラウマになる経験をして以来、娘の中に「生きていたくない」と思う気持ちが芽生えてしまいました。

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2019年5月5日

その為、小児精神科へ通うようになりました。

新しい場所がとにかく怖い娘は登院初日、病院の中へ入ることから物凄く大変でした。

中へ入ったものの、診察室へ入りたくないと泣きだしました。

その時、精神科の先生が娘に

「嫌って言えるのはすごいね。えらい、えらい。
 そうだね、こんな所嫌だよね。良く言えたね。」

という言葉をかけてくれました。

この一言が、娘の心に響きました。

診察室へ入れた第一歩です。

それから、2年以上、毎週この小児精神科へ通っています。

その間、娘は自閉症スペクトラムの診断を受けました。

なんで食べないの?

思えば赤ちゃんの頃から、味や音、触感にとても敏感でした。

ミルクは嫌がり一口も飲んでくれませんでした。

母乳を哺乳瓶に入れて飲むことさえ拒みました。

幼少期も決まった物しか食べられず、触感に強いこだわりがありました。

パリパリとした物しか食べられないので、パリパリに焼いたナン、トルティーヤの皮、薄焼きにしたジャガイモ、揚げたての空揚げ、あぶった焼きのりなど、決まった物しか決して口にしてくれませんでした。

パリパリした物なんてそんなにありません。

探すことに疲れ、思いを込めて作った食べ物を捨てる毎日に

「なんで食べてくれないの!?」

とイライラし、料理をすることに嫌気がさしたことが何度もありました。

年齢と共に、少しずつ食べられるものが増えましたが、未だにゆでたジャガイモのモサモサ感や、玉ねぎのシャリシャリ感が大嫌いです。

そして、小さなころから水の味を言い分けます。

固い水、柔らかい水、薬っぽい水、お店で美味しいと思う柔らかい水を娘が好んで選んで買っていました。

味付けも、少ししょっぱい、少し甘いというだけで途端に食べなくなります。

野菜やお肉を煮込んでだしを取ったスープが大好きで、市販の化学調味料が使われたようなスープは決して口にしませんでした。

診断を受け、初めて、そういえばこんなことが気になったということが次から次へと思い浮かびました。

幼少期から悩み、どうしてだろうと思ってきたことが、ようやく、自閉症スペクトラムだからなのかと、パズルのピースがはまるような、腑に落ちたという感じがしました。

なんで寝ないの?

自閉症スペクトラムの症状で一番困難を極めたのが、敏感さゆえに眠れないことでした。

赤ちゃんの頃から寝つきが悪く、布団に入ってから寝入るまで3時間程かかります。

何時に寝ても、変わりません。

寝かしつけに3時間かかるということは、その間、暗い部屋でずっと娘と布団に横になっているものの、眠ることを許されない、家事をすることも許されない、何もできずに3時間耐えることを意味しています。

それが毎日続くということがどれだけ苦痛なことか、嫌というほど経験しました。

当時、娘の持病もあり、私の平均睡眠時間は2~3時間あるかないかでした。

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その中で、寝かしつけに3時間かかると、何もできない時間にイライラは募ります。

私が先に寝てしまうと、娘は泣き叫びます。

幼い子が一人で起きたままでいることに不安もありました。

どうにかして娘が寝てくれないものかと、ありとあらゆることを試しました。

読み聞かせ、夜中のドライブ、おんぶに抱っこ、マッサージ、音楽、運動、あらゆる物事を試しましたが、何一つ、娘には効きませんでした。

時には、疲れと寝不足から

「どうして寝ないの!?」

と怒鳴ってしまうこともありました。

娘を怒らないように別室に逃げ出す夜、娘をたたかないように壁に自分の頭を打ち付けて耐える夜、何をしても寝てくれない娘を前に、なすすべがありませんでした。

診断を受けて初めて、娘の過敏さを理解することができ、眠れない理由がわかったのです。

敏感さゆえに、日中の刺激が強すぎて、心身の力を抜いて、リラックスできるようになるまで、3時間かかっていたのです。

そして、眠ることができないことで一番苦しんでいたのは娘だったことに気がつきました。

5歳になると、娘は

「すごく疲れているし、眠たいのに、どうしても眠れないの。」

と話し始めました。

「眠れないことが、すごく怖いし、嫌だ。」

と泣き始めることもあります。

娘の苦しみを理解して初めて、眠れないのならしょうがないと心から思えるようになった私は、

「眠たいさんが来るまで、起きていよう。」

と夜中にホットミルクとビスケットでお菓子パーティをした夜もありました。

一緒に本を読み続ける夜、お気に入りの歌でカラオケをする夜、一番多いのは しりとりやクイズで盛り上がる夜。

色んな夜の思い出がありますが、診断後は笑顔で夜を過ごすことが増えました。

学校生活の困難

小学校では、集団生活がとにかく苦手です。

クラスメートの金切り声、順番を守らず押し合いへし合いの教室、決まりを守れない友達、授業変更が多々発生する日々、苦手な触感満載の給食、毎日の学校は、娘にとってとても疲れる場所です。

友人同士の付き合いも、友達の心の動きに敏感で、仲間外れや意地悪な言葉が飛び交う場面に心を痛め、さり気なくその場を離れることを覚えました。

娘は束縛の強い女の子同士のグループ作りが苦手です。

特定の友達への固執よりも、興味への探求心が強いのです。

金切り声に耳を塞ぐ日もありますし、意地悪な言葉に涙する日もあります。

授業変更で、予定と違うとパニックになった日もありました。

娘にとって、教科の授業中が一番落ち着くようです。

皆が座り、落ち着いている時間が一番安心できます。

昼休みや生活科などの、何が起こるかわからない時間の方が、不安が強くなります。

娘の学校生活の困難さは、これからもずっと続きます。

それでも1年間学校で過ごしたことで、2年生になり不安が薄れてきたように感じます。

娘にとって慣れるまでが正念場、皆と同じようできないことも、決して無理強いしないことが、娘の安定につながっています。

特性を理解し余裕を持てるように…

私にとって初めての子供が、寝ない、食べない、音に怯える、持病持ちの難しい子育てで、友人の子ども達は5分で寝てくれる、食欲旺盛、元気いっぱいと聞いては、何が悪いのか、何を間違えているのか、どうしたら他の子の様に元気になってくれるのか、思い描いていた子育てからは程遠く、悩みは尽きませんでした。

自閉症スペクトラムと診断後、一番変わったのは私の心の持ちようでした。

人間は十人十色。

娘は娘。

他の子とは全然違って当たりまえ。

十人十色というのは個の性格だけではなく、寝る時間、食生活、考え方、ありとあらゆることが、全てその子によって異なるということだと、ようやく納得できました。

子供でも夜中3時に寝付く子もいれば、朝4時に起きてしまう子もいる。

誰が悪いわけでも、誰のせいでもなく、皆違う、ただそれだけのことなのだと、肩の荷がようやく下りた瞬間でした。

小さい子どもは自分の気持ちを話すことができません。

初めての子育てで、私には余裕がなく、言葉でコミュニケーションを取れない子供の気持ちをわかってあげられることができませんでした。

何が正解か全くわからず、私が一番不安だったのかもしれません。

自閉症スペクトラムの診断が下り、精神科の先生に話を聞いて貰うことで、徐々に特性と症状が理解できるようになりました。

そして、娘のパニックに対しても、

「わかったよ。大丈夫だよ。」

と、余裕をもって受け止めることができるようになりました。

時折、

「そんなことでこんなに怖いのか。」

と、まだまだハッと気づかされることも多々あります。

自分にはない感覚なので、娘の辛さに全て気がつくことができないのです。

その為、娘には正直に、

「ごめんね。ママはあなたと全く同じ人間ではないからあなたの全てを、辛いことも苦しいことも悲しいことも全部をわかってあげられることはできないと思う。
全ての辛さを避けるようにしてあげたいけど、他の人が関わる場合、例えば学校は、ママがすべてを決めるわけにいかないから、どうしようもできないよね。
だけど、あなたのことを理解したいと、わかりたいといつも思っているよ。
辛いことをなくすことはできないけど、小さく軽くできるように、先生にもお話して、ママも協力していくから、あなたもママや先生に色々と教えてくれると助かるな。」

と言葉でのコミュニケーションをさりげなく促しながら、予定変更を含め、すべてを娘の思い通りにできないことを、少しでもわかって貰えるように、話し行動しています。

私ができることは、学校から帰った時間、週末、そしてたまに学校をお休みして、娘が心からリラックスできる休息日を作ってあげることです。

真面目で頑張り屋さんの娘なので、心が疲れきらないように調整してあげることがとても大切だと感じています。

そして、居場所づくりです。

「ここがうまくいかなくても、あっちでつなげていくことができる。
 だから、娘も私も大丈夫。前に進めるぞ。」

というような、心地よい居場所。

それを一つだけではなく、いくつか作ることによって、未来につながる道筋を絶やすことなく、前に進んでいけるのではないかなと思うようになりました。

今は色んな方面への道を切り開いて、焦らずゆっくりと進んでいるところです。

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