激しい癇癪持ちの息子…診断テストの結果、私もADHDでした

昨今の子育ての中で、アスペルガー症候群やADHDなどの発達障害を指す単語を耳にする事が増えてきました。

我が家もその一つで、

「発達障害かぁ〜なんとなく怪しいような気もするけど、そんな事はないだろう」

という気持ちで何年も過ごしていました。

息子の癇癪やこだわりが年々強まり、自分自身が追い込まれていく時間がなければ、重い腰を上げて診断テストを受けに行く事はなかったでしょう。

息子の発達障害が判明し、続々と障害が見つかっていった過程をお話したいと思います。

我が家はこだわり屋の集合体

長いイヤイヤ期?

我が家には、小学4年生の娘と小学生2年生の息子がいますが、一番の悩みの種は息子のこだわりからの癇癪でした。

娘は定型発達とほぼ変わらないグレーゾーンと診断されているので、息子の飛び抜けた行動の方が目について仕方がなかったです。

ですが、幼少期について思い返してみると、出方の強さは違うものの、それぞれに特徴的な事が沢山あったなぁと感じます。

ですが、母親の私が見て、周りとは全然違う気がする…と思っていても、子ども達は集団行動の場ではなんとか頑張って過ごしてくれていたので、検査に行く、相談へ行くという話には中々なりませんでした。

幼稚園の先生からも、

「お母さんに対する甘えの表れでは?」

といった反応が多かったです。

長いイヤイヤ期なんだろうか、すぐに泣き叫ぶのも時間が経てば治るのだろうか…

モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、気がつけば息子は5歳になっていました。

とにかく外出する事が本当に苦痛で、こんな大きな体でどうしてこんなに泣いて暴れるんだろうという恥ずかしさや虚しさでいっぱいになりました。

この頃小学校低学年であった娘も、学校でうまく気持ちを伝えられずに自宅で癇癪を起こすようになり、2人の気持ちを理解してあげようという気持ちになれなかった私自身も、鬱に近い状態まで追い詰められていきました。

きっかけは?

仕事を休みがちになったり、体調を崩しやすくなっていた時、子ども達と仲良くしてくれていたお友達のお母さんから声をかけられました。

以前から家族ぐるみで仲良くしてくれていた方だったのですが、息子の度重なる癇癪やこだわりを見ていて、我が子も一時期酷くて区役所まで相談へ行った話をして下さったのでした。

「一度、ダメもとで相談してみては?」

その一言を、「どうしよう」という気持ち半分と「何か分かるとスッキリするのかな?」という気持ち半分で受け取りました。

仕事が休みの平日、色々と迷ったものの、相談へ行きました。

すると、役所側の対応が今まで相談してきた場所とは全く違うのです。

「月に一度来ているドクターとお話してみてはいかがでしょう」

という話になりました。

そして、ドクターの訪問日。

「念のために発達診断のテストを大きな病院で受けてみては?」

という話に。

その矢先、たまたま息子が激しい癇癪に見舞われたため、どの位で気がおさまるか様子を見てもらいました。

やはり、癇癪がおさまるまでの時間が長く、激しく暴れる息子の様子から一番早く取れる予約で診察してもらう事になりました。

その結果、息子は発達障害があるという事が判明。

やっぱりそうなんだ…と少し納得。

これからどうしたらいいのだろうという不安が頭をよぎりました。

病院からは、簡単な冊子を渡され、ケアや療育、通院に関しては自分で探すように指示されました。

この時点では、発達障害についての知識はほぼなく、様々な特徴がある事も知らなかったので、またもやモヤモヤとした闇の中に足を踏み入れてしまったような気がしました。

福祉の援助

息子に診断が出てからしばらくして、区役所に相談へ行ったことが功を奏する出来事がこの後に起こります。

それは、デイサービスの利用などを提供したり、相談支援をして下さる支援員さんとの出会いでした。

区役所を通したことで、紹介していただく事が出来ました。

今も通院している病院や、利用しているデイサービス、私の障害が判明した事で利用するようになった勤務先の作業所など、一緒に探し、同行して下さり、尽力して下さりました。

話を聞いてもらう事から始まり、私の家族に合った援助の利用方法や、手続きのお手伝いをしていただき、今も福祉サービスを利用しながら生活しています。

現在も通院とケアを続けている私達

支援員さんを紹介していただけたのは、大きなきっかけではありましたが、デイサービスの待機児童になったり、相性の良い病院に出会うまでは結構な時間を要しました。

単純に、

精神科=小児発達に優れている

という訳ではなく、診断は出してもらえても、ケアまでは行っていないという病院も数多くありました。

特に、息子は集団行動から逸脱して止められないというよりは、自分の世界から抜け出せない受動的な面が多かったため、あまり親身に受け止めてもらえない事もありました。

色々と重なって、とうとう私自身がもうダメかもしれない…と体の不調に悩んでいた際、たまたま知り合いに紹介してもらった精神内科のクリニックが、偶然にも小児発達心理に力をいれている事を知り、親子で受診する事を決意。

この結果、現在行っている治療にたどり着く事が出来ました。

病院での発達診断テストの数値でadhdの傾向があると診断された私と息子は、服薬治療が可能であると判明したため、昨年の夏頃から治療を開始。

上の娘に関しては、アスペルガー傾向があるグレーゾーンである事が判明したため、集団で授業を受ける中で体調が悪くなった時は、外へ出て回復するまで様子を見ていただけるように学校へ配慮をお願いする形になりました。

精神安定剤も服用しながらですが、なんとか不登校にはならずに学校へ通っています。

服薬治療中を始めた息子は、相変わらずの癇癪と気持ちを鎮めるために自分自身を傷つける自傷行為が目立ち始めたため、小学校に設置されている支援級に通いながら薬の増減を相談しています。

治療の効果はというと、一進一退を繰り返しており、劇的に良くなると期待はしないようにしているのが現状です。

私自身は整理能力がついたり、客観的に周りを見れるようになったりと、少しですが服薬の効果を感じています。

発達障害ファミリーの我が家の未来

正直、将来の事を考えると、まだまだ不安が山積みな我が家ですが、発達障害であっても、個性の違いはあるものの、少しづつ成長はします。

周りの子供達や、家族と比べるとしんどくなってしまう時もありますが、我が家は我が家と割り切って、これからも子供達の成長を見届け、フォローしながら自分自身も良い方向に進むように頑張りたいと思っています。

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