乳児湿疹と思っていたら乳卵小麦アレルギー。除去生活4年目の現在

私には3歳9カ月の長女と、1歳3カ月の双子男児の3人の子どもがいます。

3人とも食物アレルギー持ちで、

長女は現在、卵と乳(2歳になるまでは小麦アレルギーもありました)、

双子男児は乳アレルギーがあります。

生まれてからアレルギーが判明するまでの経過や、日々の生活で気を付けていることなどを紹介します。

長女のアレルギー

誕生と頬の湿疹

長女は誕生後まもなくして頬に湿疹ができ始めました。

1か月検診では、

「乳児湿疹でしょう。石鹸できれいに洗って保湿をしっかりしてください」

と医師から言われ、毎日こまめにケアをしていましたが、改善する気配もなく、じゅくじゅくし始めたので近くの小児科を受診することにしました。

そこでも

「乳児湿疹かな。薬を出しておくから、また1週間後受診してください」

と言われ、保湿剤とステロイドが処方されました。

指示された通りに塗っていましたが、よくなることもなく、1週間後再び小児科を受診。

すると

「もしかすると食物アレルギーかもしれない。

けれど、まだ月齢が小さいので、血液検査をしたところで正確な値が出ない可能性がある。

とりあえずミルクを乳アレルギー用のものに変えて様子をみましょう。

母乳からも多少なりとも乳の成分が出るので、お母さんも牛乳やヨーグルト、ホイップクリームなど乳成分の多い食品は控えるように」

と。

乳アレルギー用のミルクに変えた結果

医師からの指示で乳アレルギー用のミルクに変えました。

混合栄養のため、母親の私も乳製品除去の生活を始めました。

その結果、今まで悩まされていた湿疹が、日に日に良くなっていきました。

そうなってみて思い返してみると、私が牛乳やヨーグルトを摂ったあとは頬の湿疹がひどかったように思います。

一般的に、乳アレルギー用のミルクは通常のミルクと比べると味が悪いようで、飲んでくれるか心配していましたが、問題なくゴクゴク飲んでくれ一安心しました。

アレルギー検査の結果

再度小児科を受診し、アレルギー検査結果を聞くと、卵と乳のアレルギーが判明しました。

生後4カ月のことでした。

そのため、乳アレルギー用のミルクは継続し、母親の私は、乳製品に加え、卵も除去することに。

しかも、卵の数値が高く特に注意する必要があるとのことでした。

離乳食開始と、私たち夫婦の食事

生後6カ月で娘の離乳食が始まりました。

卵は完全除去し、牛乳を使うメニューのものは乳アレルギー用のミルクを溶かして代用しました。

ある日、うどんを食べさせてみたところ、顔が腫れあがってしまい、受診の結果、しばらくは小麦も除去することに。

そのため、うどんは米粉麺・きび麺・あわ麺に変え、パンは米粉パンに変えました。

また、もしも混入してしまった時が大変だと考え、特に注意が必要な卵と牛乳を家からなくすことにしました。

そのため、私たち夫婦の食事も卵・乳除去のものになりました。

アレルギー対応の商品を探すのはとても大変でした。

そのため、ネットでのアレルギー対応品注文に頼ったり、米粉で作れるレシピの本を参考に、ホットケーキや蒸しパン、米粉パンを手作りしたりしました。

米粉は小麦粉に比べてもちもちしていておいしく、娘にも好評でした。

2歳になる直前に、小麦は解除となり、現在は卵・乳不使用のパンをおいしそうに食べています。

保育園では給食対応可能?

娘の通っている保育園は、保育園で調理されている給食対応です。

しかし、娘は卵の数値がとても高く、コンタミネーション(混入)にも注意する必要があるとの医師からの指示で、弁当を持参しなければいけませんでした。

弁当以外にも、ミルクもお茶も持参、哺乳瓶もスプーンもコップも毎日すべて持参しなければならず毎日とても大荷物で通園していました。

また、給食室から出る湯気にも触れてはいけない、哺乳瓶も園の電子レンジで消毒してはいけない、同じスポンジで洗ってはいけないということも指示されていました。

そのため、医師から除去給食対応の許可が出るまでの1年半、保育園にはお弁当やおやつを持参する日々が続きました。

双子誕生

長女が2歳のときに双子男児が誕生しました。

誕生してから1カ月は入院中に病院でも飲ませていたミルクでしたが、またしても頬に湿疹が…。

「乳児湿疹か?いや、もしかして…」

そんなことが頭をよぎりました。

そして、体にも湿疹ができ始め、小児科を受診。生後2カ月のことでした。

すると、長女のときと同じように、乳アレルギー用のミルクに変えるように指示され、生後4カ月のアレルギー検査の結果、乳アレルギーが判明したのです。

乳アレルギー用のミルクは通常のミルクに比べて高価で、混合栄養でしたが、双子でもあり、経済的にも大変でした。

長女の心のケア

成長とともに、自分が食べることのできない物がある、保育園でもみんなと同じものが食べられないということが分かり始めました。

親心として、保育園で自分だけが弁当を食べているということをどう思うのか、悲しくなったりしないのか、そんなことを心配していました。

幸いにも、2歳目前で除去給食の許可がおり、娘はお弁当生活から解放されました。

しかも、娘が通っていた保育園は、除去給食の子どももできるだけ疎外感のないようにと、見た目ではほとんどわからないような給食を作ってくれているようで、その配慮がとても嬉しく感じました。

ある日、娘を生後5カ月のころから知っている保育士さんと話したときのことです。

「お弁当とてもおいしそうに食べていましたよ。小さいながらに、お母さんの作ってくれたお弁当をお友達に自慢していましたよ。私が見ている限り、給食よりおいしそうに食べていましたよ」

と。

その言葉を聞いて、涙が溢れました。

娘が自分のアレルギーについてどう認識しているのか心配していたので、心のしこりがひとつとれた気がしました。

3歳を過ぎると、大人の言うこともよく理解できるようになり、自分の気持ちも言葉にすることができ始めました。

友達の家に呼ばれることも増えたので、自分はアレルギーがあるということをきっちりと認識してほしかったので、分かりやすい言葉で伝え続けました。

成長とともに食べられるようになる可能性があることも伝えました。

娘の中では、

「今は子どもだから食べられない。大きくなったら食べられるようになるから、大丈夫」

と整理しているようです。

世の中に色々な食べ物があると分かり始め、ケーキや菓子パンなど見るからにおいしそうなものを見る目が悲しそうな感じがすることがあります。

わがままをいうことはほとんどありませんが、時々、

「私も食べたい」

と強く言うことがあります。

そのときは、胸が締め付けられる思いがします。

除去生活を送ってきて

除去生活をしないといけないと分かったときは、これからどうすればいいのか、食物アレルギーは治るのか不安ばかりで、茫然としたのを覚えています。

すべて手作りすればなんとかやっていけるのですが、長女のときも双子のときも生後5カ月で仕事に復帰したもので、毎日の食事作りがとてもとても大変でした。

しかし、少しずつ情報を集め、どこにアレルギー対応の食品が売っているのか、アレルギーの子を持つ他のママたちはどのようにしているのかなどを参考にして、徐々に要領を掴んできました。

確かに、調味料やレトルト品などを購入するときは、アレルギー物質が含まれていないか成分表示を確認しなければなりませんが、どの商品なら大丈夫とだいたい把握できてきました。

日常で我慢することはまだまだ多いですが、楽しみもあります。

和菓子は卵・乳アレルギーがある娘でも食べられるものが比較的多く、娘があんこ好きということもあり、甘いものが食べたいときは和菓子屋さんに行くことが、家族の楽しみになっています。

また、なかなか市販でケーキやパンを買えないので、家でお菓子を作る機会も増え、その時間が娘とのコミュニケーションの場ともなっています。

外食はまだまだ行ける場所が少ないですが、最近はファミレスでもアレルギー対応のメニューを扱ってくれるところも増えてきたことや、大きくなりお寿司も食べることができるようになり、時々外食も楽しめるようになりました。

また、先日、総合病院を受診しアレルギー検査をした結果、3人とも負荷試験をすることが決まり、今はその日を待っている状況です。

長女は約3年半、双子は約1年間の除去生活を送ってきましたが、負荷試験の結果次第では、卵や乳が食べられるようになるかもしれないという期待を胸にその日を待っています。

反対にまだまだ除去が必要かもしれないですが、そのような状況になっても、悲観的に考えるのではなく、子どもと一緒に楽しみながら過ごしていきたいと思っています。

コメントを残す