睡眠不足、自殺未遂、、産後うつ?あの時死ななくてよかった…

現在、2児の母です。 上の子は小学2年生、下の子は5歳になります。

今だからこそ、上の子が、「大きくなったなあ」と思えますが、乳児のころは、そんなことを考える余裕はありませんでした。

これから、私が上の子の育児の時、感じたこと、経験したことを記したいと思います。

出産

上の子は、女の子でした。 私にとって、初めての子ども。

妊娠中は、雑誌や本、インターネットでの情報収集を怠りませんでした。

そして、いよいよ予定日。

しかし、9日間たっても、陣痛の兆候が見られませんでした。

そこで、陣痛促進剤を使って、出産に臨みました。

主人も立ち会って、無事出産。

約1週間病院で過ごしました。

途中、「黄疸が見られる」ということで、2~3日、保育室に入って、特殊な光を浴びせる処置をされました。

私は、持病があり、服薬していたので、母乳をあげたかったけど、あげられませんでした。

保育室に入っている間にも、3~4時間ごとに、子どものもとへ行って、ミルクを作ってあげていました。

病院にいる間は、看護師さんなどもいて、夜中泣き止まない時などに来てくれて、アドバイスをしてくれたりしていただいていたので、何も問題はありませんでした。

退院

私の実家は、嫁ぎ先から車で30~40分ぐらいの、比較的近いところにありました。

病院から実家に移り、本格的に育児が始まりました。

妊娠中に得ていた知識で、3~4時間ごとのミルクや、おむつ替え、沐浴など、母の助けを借りて、一通りは問題なくこなしました。

少しずつ慣れ、リズムも出来上がりつつありました。

そして、約1カ月ぐらいたって、嫁ぎ先に戻ることになりました。

実家の母は、心配して、

「もう少し実家に居たら」

と言ってくれましたが、私は、

「大丈夫だよ」

と、嫁ぎ先に戻りました。

夜泣き

嫁ぎ先に戻って、さて今度は、実家の母のように何でも気兼ねなく助けを求められる人がいなくなりました。

もちろん、主人や義母さらには、義祖母が、抱っこしてくれたり、あやしてくれたりしましたが、主人は、昼間は会社。

夜のミルクは、私があげます。

そのころからだと思いますが、娘の夜泣きがひどくなりました。

眠る前に必ず大泣きするのです。

寝かしつけが大変でした。

主人も一緒に寝ていましたが、次の日は会社。

夜泣きはもちろんのこと、夜中のミルクの時も、主人を起こさないように、気を使っていました。

私の慢性的な睡眠不足が始まりました。

娘が7~8カ月ぐらいの時のある日、義母が見かねて、

「今夜は、私が寝かせるよ」

と言ってくれました。

しかし、いざ預けてみると、義母が娘と一緒に寝ようとしていた部屋と、私達の寝室は、相当離れているのですが、娘の泣き声が聞こえます。

一旦は、眠ったのか、私もウトウトしていると、日付が変わって夜中の2時、3時にも、泣き声が聞こえました。

主人も気づいて、私が、

「行ってくる」と言うと、

「大丈夫だ、お袋にまかせとけ」とは言われたものの、気になって眠れません。

義母と娘のもとに行って、いつものようにおんぶベルトで、寝かしつけました。

そこからは、私は一睡もできず、朝になり、主人も会社に行き、義母と話してみると、

「あの泣き方だと、本当に大変だね、眠れないでしょう」

と心配してくれました。

私も参ってしまう寸前だったので、

「今日、実家に帰って、実家の母に寝かしてもらって、ちょっとゆっくり私が寝てきます」

と言って、実家に行きました。

実家での過ち

実家では、新しい家を新築中でした。

昔の家の廊下でつながっていた、3部屋しかない離れの隠居の、台所とお風呂場をリフォームして、仮住まいしていました。

母に事情を話し、とりあえず寝室に行って、娘と寝ようとしました。

しかし、娘は眠くないのか、目がパッチリ。

母が、部屋を覗いてきて、

「それじゃ、私がおんぶして散歩してくるから、寝てなさい」

と言って、連れて行ってくれました。

私は、その母が来るまでの間、娘の顔を見ているうちに、

「この子が、眠らないと、私も眠れない。
もし、このまま私が眠れなかったらどうなっちゃうんだろう」

と考え、あろうことか、娘を傷つけてしまう、もっと言ってみれば、殺めてしまうのではないかと、怖くなりました。

そして、母と娘が外に行っている間に、台所の包丁を持って、お風呂場に行きました。

「娘を殺そうとしている母親なんて、いなくなればいい」

と思い詰めてしまったのです。

左手の手首を包丁で切りつけました。

しかし、切れが悪く、血も出ません。

そして、また台所に行って、もう1本の包丁と交換して、また、お風呂場へ行って、今度は、思い切り何度も切りつけました。

今度は、手首が切れて、「プチ」と手ごたえがありました。

「動脈が切れた」と思った私は、シャワーを出しっぱなしにした浴槽に左手を投げ出して、死ぬのを待っていました。

しかし、人はそう簡単には、死ねないものですね。

そうこうしているうちに、娘をおんぶした母が、様子を見に来て、驚いて、父を呼んできました。

タオルで左手をぐるぐる巻きにされて、

「馬鹿!」

と、父に頭を叩かれました。

その時に、

「なんてことをしてしまったんだろう、私は馬鹿だ」

と気づきました。

車で30~40分ぐらいのところに、有名な精神病院がありました。

母が電話で、事情を話して、診察してもらえることになりました。

父の運転する車で、病院に向かいました。

あまりはっきり覚えていないのですが、傷口を縫ってもらったこと、娘をおんぶしたまま、病院についてきてくれた母のこと、など断片的に思い出します。

そこから約2カ月入院して、退院し、日常に戻りました。

まとめ

育児は、楽なことではありません。

「辛い」「逃げたい」と思うこともあると思います。

私の場合は、

「眠れなくて、辛い」

「娘を殺してしまう母親は、この世からいなくなればいい」

といった「逃げたい」という感情でしたが、そこまででなくても、日々考えてしまうという、お母さん方もいらっしゃると思います。

そんな時は、無理せず、周りに助けを求めてください。

私のような目にはあってほしくない。

産後うつは、よくあることです。

そこから、自殺を考えてしまうお母さんも少なからずいるのではないかと思います。

私は、今あの時死ななくてよかったなあと心から思います。

成長した娘の姿を見られるし、下の子も産まれました。

幸せです。

これを読んで、一人でも救われる命があれば、と祈っています。

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