育児うつの診断を受けてから3ヵ月でどこまで戻れるか?あるママの体験談

育児うつと聞くと、皆さんはどんなイメージを持たれるでしょうか?

私は大学院で学んでいたのでうつ病の知識はあるつもりでした。

でも、実際に育児うつになると、普通でいることってすごいなと分りました。

この記事では、私が育児うつと診断されてから里帰りをして、再び自宅で生活できるようになるまでの3ヵ月間についてお話をします。

精神科の診断を受けてから実家に戻るまでのバタバタした3日間

子供が1歳5、6ヵ月ぐらいのころ、私は育児うつになりました。

育児うつだと気付くまでの話については、「『育児が辛い』という自分の気持ちに気付けなかった…私が育児うつになるまでの体験談」をよかったらご覧ください。

気付かないうちに育児鬱になる?産後、異常なほど神経質に…

2019年3月9日

パニックに陥った私を心配して、夫は遠方に住む私の母を呼びました。

夫が母に連絡してくれたのが早朝5時ぐらいということもあり、昼前には母は私の家に到着しました。

ただ、安心感からか、母が来る前には私は普段通りに戻っていました(とはいっても、私にとっての普段通りは既に病んでる状態なのですが)。

母の布団を干して準備するぐらいの余力は私にはありましたから。

母が来た日のうちに、母、夫、私、子供で精神科クリニックに行きました。

主に母や夫が先生と話をして、育児うつだから保育園に子供を預けて実家でしっかり休もうということになりました。

夫から母に連絡があった時点で、母は実家の自治体の保育園入所について調べていたようです。

広域連携というシステムによって、私たちが今いる県から住民票などを変えないでも他県の保育園に入所しました。

診察を受ける日の朝はパニックになっていました。

でも、薬の影響か、不安や心配事はあるけど、そこまでしんどくないなぁというのが診断を受けて実家に戻るまでの3日間の感想です。

最初の1週間あまりが経過:殻がとれて病人になった

実家に帰って数日ぐらいは私から見た私の状態は普通だったと思います。

実家に帰るまでの新幹線の中で駅員さんに怒鳴っている人がいて、私は怖く感じて涙したとはいえ、自分のことを多少情緒不安定ぐらいに思っていました。

ただ、毎日薬を飲んでいるうちに、何か自分の状態が変わっていった自覚はあります。

私は耳はいいほうですが、スーパーのBGMが変にうるさく聞こえ始めました(聴覚過敏といううつ病の症状の1つだそうです)。

睡眠薬を飲んでいる影響があるとはいえ、なんだか体が常にだるくなっている気がしました。

実家に帰ってきた甘えからか、話し言葉がゆっくりになってきた気もしました。

しかし1週間後、自分の状態は急激に悪化。

スーパーのレジの「ピッ」という音が聞くに堪えないぐらい大きく感じられるようになりました。

また、無機質な音なのに、怒鳴られているように感じました。

普通の人でも、振動を感じるほど大きな音を聞いたら不快に感じますよね。

その感じが近い気がします。

そんな状態なので、私は外に出られなくなりました。

また、体や意識は鉛のように常に重く感じられるようになりました。

食事とお風呂以外のほとんどの時間、私は寝たきりでした。

他にも、会話はできましたが、非常にゆっくりになりました。

当時の私の話は父に言わせたら、「間延びしたテープレコーダー」だそうです。

「自分がどうにもならない状態になったんだなぁ」と痛感したのは、お手伝いで洗濯物をたたもうとしたときです。

いつまで経っても、洗濯物がたたみ終わらないんですよね。

時計を見たら、30分経っていても家族4人分の洗濯物をたたむことができていませんでした。

私は普通にやっているつもりでしたが、頭や体が動いていなかったんです。

「これがうつ病か。」思わず泣いてしまいましたね。

実家療養1ヵ月目の間:ただの病人

正直いって、うつ病になって1ヵ月ぐらいの間は本当にただの病人だった気がします。

朝に起きてご飯を食べて寝て、昼に起きてご飯を食べて寝て、夕方に起きてご飯を食べてお風呂に入って寝る…。

子供は両親に任せきりだし、家事も任せきりでした。

当時を思いだそうとしても、脳が「思いだすな」とフィルターをかけているようです。

本当に印象的だったことしか思いだせません。

いつぐらいのことかちゃんと覚えていませんが、実家療養の最初のほうで覚えているのは、私の住民票がある市から電話がかかってきた日のことです。

「広域連携の手続きがちゃんとできていますよ」という趣旨の電話でした。

ただ、何を勘違いしたのか「私の住民票がある市も実家のある市もそれなりに保育園激戦区」、だから「やっぱり保育園を追い出される」とビクビクしながら電話に出た覚えがあります。

よほど私の声はビクビクしていたんでしょうね。

市役所の電話の人が最後に言った

「お大事に」

といった声が、すごく心が込められていたように感じられました。

何か自分の話ばかりで子供のことに全く関心がないダメ母ですね(間違ってはいませんが)。

子供に関するエピソードで思いだせるのは2つぐらいです。

違う(服の)子供が帰ってきた事件

保育園のロッカーに保管している子供の服が底をついてしまったので、保育園の服を子供が借りて帰ったことがありました。

買った覚えのない服を着た自分の子供がいきなり帰ってきたので、吹き出しました。

ミニトマト強奪事件

保育園で植えられているミニトマトを子供が勝手にちぎって食べたこともありました。

保育園の連絡帳に書かれていたため、知ることができました。

当然、連絡帳に謝罪文を私は書き込みました。

年度途中の変わった時期の入園ということもあり、保育園の担任の先生方は私の病状についてご存知でした。

「私(先生)もミニトマトを食べましたが、おいしかったです。怒らないであげてください」

とメッセージをいただきました。

とてもありがたかったです。

実家療養2ヵ月目の間:少し回復したが、致命的な問題に気づく

あまりに何もする気が起きないものですから、1ヵ月半経過したときに病院の先生とも相談し、薬を1種類増やすことになりました。

たった1種類、しかも1粒だけです。

でも、とても効果を発揮しました。それまで何をすることもできなかったのですが、少しずつですが、家事を手伝ったり、たまには保育園の送迎に一緒について行けるようになりました。

最初に手伝えるようになったのは洗濯物をたたむことでした。

しばらくすると、洗濯機を回せるようになりました。

私の育児うつの根本にある考えは、「害あるもの全てから子供を守らないといけない!」。

この「害あるもの」には誰だって有害だと思うバイ菌や大人用の風邪薬だけではなく、排気ガスや雨、あげくには洗剤、生肉・生魚まで含まれます。

普通の人は、洗濯洗剤やお風呂洗剤に触っても平気ですよね。

でも、当時の私の場合、

「わずかにでも手や洋服に洗剤がついて、その洗剤を子供が万が一なめたらどうしよう!?」

という考え方をしてしまうのです(だからこその病気なのですが)。

だから、洗剤は私にとって「害あるもの」なのでした。

その洗剤を使った家事ができるようになったのは、私にとってとても大きな一歩だと思えました。

ただ、そのときに気づいたのですが、私は料理をすることができなくなっていました。

生の肉や魚に触れないというのは育児うつを発症する数ヵ月前から出ていた問題です。

でも、野菜に触れることすら嫌悪感を抱くようになっていました。

他の家事は何とかできますが(とはいっても、洗剤系、特に漂白剤は私にとってやはりNGでした)、料理だけは「やってみないか」といわれても、しばらくは拒否し続けました。

別に、怠けたいというわけではありません。

ただ、食べ物系に触れるのが本当に嫌だったんです。

食パンを袋から取り出すのもお箸でつまんでいたぐらいでした。

それでも、実家療養2ヵ月が終わるぐらいから、何とか野菜や豆腐を切ることができるようになっていたと思います。

ただし、キノコ類は何かキノコの菌みたいなものが付きそうで触っていませんでした。

実家療養3ヵ月目の間:最低限の主婦生活

この頃になると、一通りの家事は任されました。

晩御飯も野菜の副菜だけではなく、麻婆豆腐のような豆腐メインディッシュができるようになりました。

お肉もパックを開けた後に手を一度洗って、さらにお肉を箸でつまんだら料理できるようになりました。

ミンチ肉みたいにポロポロこぼれてしまって手につきそうなのはNGでしたが、

それでも私にとっては大きな進歩です。

これで、自宅に戻って何とか生活できる目途が立ちました。

こう書くと、育児うつが完治したように見えますが、実際には違います。

抗うつ薬や睡眠薬などの薬は同じままです。

また、お昼ご飯を食べた後は必ず昼寝をしないと、体がもちません。

以前のように一日中子供と一緒に過ごすこともできません。

保育園は私には必須した。そのため、本当に最低限の主婦生活ができる程度でした。

自宅に戻った後…

幸運なことに、私の住民票のある市に保育園の空きがたまたま出たので、急いで入園手続きをしました。

その保育園は自宅から結構遠いところにありました。

でも、夫の通勤時に何とか送っていけるところだったので、そこに決めました。

こうして実家療養3ヵ月から私の自宅に戻るための保育園入園はスムーズに行われました。

ただ保育園って、入ったらそれで終わりというわけありません。

保育園に在籍している状態でも保育園の入園手続きは毎年必要です。

育児うつから回復してくると、今度は

「病人ではないから保育園を利用できないのではないか?」

と悩み、精神的に不安定になった時期もありました。

そのため、最低限の主婦生活ができるようになったとはいえ、それなりのストレスは常にかかっていました。

そこからの回復は実家療養の3ヵ月よりはペースは遅かったように感じます。

育児うつから回復後も保育園に預けられる?あるママの選択

2019年3月18日

最後に

以上が、精神科クリニックで育児うつという診断を受け、その後3ヵ月の実家療養を経て、何とか自宅で家族3人暮らしができるようになるまでの体験談です。

人によりますが、私の場合は1ヵ月で病人の自覚、2ヵ月で家事が少し、3ヵ月で最低限の主婦生活ができるぐらいになりました。

ただ、これはあくまでも私の場合です。

私よりも育児うつの症状が重い人はもっと療養期間が必要だと思います。

そのため、私の体験談はあくまでも参考程度にしてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)