部屋に閉じ込めた?母乳信仰、脱走癖、2人でいる毎日に限界!

母親への憧れ

昔から、何の取り柄もない自分に向いている仕事があるとすれば母親という仕事だと思っていました。

私は、母と衝突することが多かったので、子供の気持ちが分かる優しい母になろうと出産前は、理想を描いていました。

挫折から始まった育児

しかし、私の育児は挫折から始まりました。

夜中に始まった陣痛はなかなか赤ちゃんが降りてこず、心拍低下して赤ちゃんが危険と判断されて緊急帝王切開になりました。

さらに、新生児仮死という状態で生まれ、赤ちゃんの顔を一瞬見ただけで、私は個室へ、赤ちゃんはNICUで別々の生活が始まりました。

毎日、搾乳した母乳を哺乳瓶に入れて運んでもらう日々。

他の部屋では、赤ちゃんの泣き声が聞こえ母子同室が始まっているのに、自分だけ一人。

私だけ一足先に退院し、搾乳した母乳を運ぶ日々。

無事に生んであげられなかったこと、下から自然に産んであげられなかったことが悔やまれて、退院する際も笑顔で幸せな気持ちではなく、悔し涙を流しながら負けたような気持ちで病院を後にしました。

軌道にのらない母乳

最初に母子分離生活をしたせいか、子供に愛情がなかなか持てず、頻繁に泣くことや、なかなか寝ないこと、寝てもすぐ起きることで睡眠時間が削られて常にイライラして、その頃は子供に背を向けて寝ていました。

さらに、母乳がなかなかうまく飲ませられず、軌道に乗りませんでした。

母乳推進の病院の方針や母乳信仰に影響されて、完全母乳がしたくて必死で子供に乳を含ませるけれど、子供の口と私の乳首の大きさが合わず、頑張って飲ませてもすぐ泣く始末。

母に

「母乳が足りないなら、ミルクをあげなさい」

と言われると母親失格と言われたようで腹がたち、

「ほっといて、口出ししないで」

と喧嘩になりました。

結局、ミルクを使う混合育児になりましたがミルクの量や回数が増えるたびに罪悪感を感じていました。

家出を考える

出産後、実家に2か月帰省していましたが母と育児方針が違い、口出しされることや赤ちゃんが寝ている間に搾乳して休む間がないことなどから、自分は母親失格だなと気持ちがふさぎこみ、自然と涙が出てきました。

このまま赤ちゃんを置いて家出をしよう。

私が家出をしても母が育ててくれるから大丈夫。

環境の変化、高齢出産での体力低下と睡眠不足、うまくいかない育児に段々追い詰められていきました。

本当に辛かったのは1歳過ぎてから

自宅に帰ってからは、誰に指示されるわけでもなく、自分のペースで手を抜きながら、気楽に育児ができるようになました。

離乳食も赤ちゃんが寝ている間に作ったりして比較的順調に進んで行きました。

このまま、穏やかに過ぎていけばいいと願うばかりでした。

本当に育児が辛いと感じたのは、1歳を過ぎてからです。

10か月から歩きだした子供は、1歳を過ぎてから行動範囲がどんどん広がっていきました。

危ないことも多く、頭を打つなどの怪我は日常茶飯事で、ひどい時にはCTを撮ることもありました。

そして、一番頭を悩ませたのは、子供の脱走癖です。

私がうたた寝をした隙に、家のカギを開けて家の前の道路まで歩いて出ていました。

何度も繰り返されるので目が離せず、心休まることがありません。

1日2回起こる時もあり、鍵を増やしたり、昼寝をする時は部屋の鍵を内側からかけて一緒に寝るなど対策をとって防ぐようにしました。

その後も、家族で買物をしていたら、姪と手をつないでいた子供が店を飛び出し道路に走っていくのが見えました。

私は、持病で走ることができないので

「止まれ」

など大きな声を出したり怒ったりするしかできません。

恐怖や自分の無力さに打ちひしがれてしまい、育児をしていくのが不安になりました。

実際に育児から逃げた

子供は思い通りにならないと30分泣き続けたり、叩いてきたりしつこい傾向にあるので、

2人で1日一緒にいる毎日に限界がきて、段々

「いいかげんにして」「うるさい」

など暴言をはくようになり、ある日、子供を部屋に閉じ込めて家の鍵を閉めて、車で1人逃げました。

家族も友達もいない土地で、相談することもできない。

欲しくて欲しくてやっと授かって子供を産んだのに、その瞬間は自分の時間を奪う者、邪魔する者と思っていました。

車の運転中も頭の中では嫌な想像ばかりしてしまいます。

5分ほど車を走らせて帰宅すると、息子が机を踏み台にして窓から身を乗り出そうとしていました。

1階建の平屋ですが、それなりに高さはあります。

子供を抱きかかえたその時、自分の間違いに気付きました。

育児から逃げることはできない。

育児は24時間態勢で母になった瞬間、自分の時間はなくなるんだ、子供のために生きるんだ、私にはその覚悟が足りなかったんだと分かりました。

私は出産で挫折した時から、思い通りにならない育児とうまくこなせない自分にずっとすねていたのだと思います。

2人でいるのが嫌

子供と2人でいると、してほしくないことばかりしてイライラするので毎日弁当を持ち、洗濯が終わったら朝の10時から16時まで児童館に缶詰めで通っていました。

児童館ではもちろん母親が子供を見て、遊び相手にならないといけません。

しかし、他の子供と遊んだら気分転換になるし、他のお母さんやスタッフの方が息子に声をかけてくれたり、たくさんの人の目があるので1人で子供を見ていなくてもいいという安心感で少し気が楽になりました。

児童館に行くことで、DVDや絵本を借りて、帰宅後の子供との時間の使い方もうまくなったように思います。

私は、母親に最も向いていない人間でした。

今でも腹を立てながら、プリプリ怒りながら息子を育てています。

あの苦しい時期は長い時間でした。

それを助けてくれたのは、

児童館で出会った人達、

子供連れOKで受け入れてくれた料理店の方達、

大荷物を持って帰っても受け入れてくれた両親でした。

1人では育児の辛い時代を乗り越えることはできませんでした。

育児を辛い、逃げたいと考えるのは、育児をうまくしたい、まじめに取り組みたいと考えればこそ。

その理想と現実に苦しむのだと思います。

現在

今でも育児が辛くなると、半日父ちゃんに任せて出かけたり子供から離れる時間を作っています。

2歳になり、子供を保育所に入れて別々に過ごす時間が増えてやっと落ち着いた気持ちを取り戻すことができました。

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