アメリカでの出産はこんなに日本と違うの?不安は倍増、孤独との闘いでした

初めての妊娠、出産はアメリカでした。

日本とは違うことがたくさんあり、戸惑うことが多々ありました。

妊娠、出産、育児はわからないことだらけ、不安と孤独で誰かに助けて欲しいと思うことが何度もありました。

私の場合は、不安も孤独も失敗も自分で乗り越えるしかありませんでした。

壮絶な悪阻

妊娠がわかり、初めてお腹にいる赤ちゃんのエコーと心音を確認できたのは、救急病院でした。

吐き気が止まらず、激痛を伴う腹痛のために、救急病院へ駆け込みました。

そこで、初めてお腹の赤ちゃんのエコーと心音を確認でき、妊娠がわかりました。

そして、点滴を受け、病院から薬を処方されました。

医者から

「吐き気が止まらないのであれば、薬を毎日飲むしかない。」

と言われました。

日本の友人、知人、家族から、ひどい悪阻で点滴や入院をした人の話は聞きますが、毎日服薬している人の話は一度も聞いたことがありませんでした。

私は妊娠中の服薬に物凄く不安を感じたので、医者に何度も確認しましたが、

「この薬は大丈夫。妊娠中の服薬は普通だよ。」

と言われました。

実際、同僚も同じ薬を処方され飲んでいましたが、3人の健康な子供を産み育てています。

それでも、私は薬を飲まずに極力我慢していました。

私の悪阻は夜10時から始まり、終わるのが朝5時でした。

当時、中学校で勤務していた私は、朝7時半までに出勤しなければいけませんでした。

悪阻はひどく、ベッドに横になることができないくらいだったので、毎晩トイレの床で夜が明けるまで横になっていました。

睡眠時間は2時間もないくらいでした。

その為、日中も疲れと眠気で体調が悪く、見かねた上司から朝10時出勤で良いといわれましたが、仕事量が変わらない以上、短時間勤務も決して楽なものではありませんでした。

必ず出席しなければいけない会議が早朝にあることも多く、毎日遅れて出勤もできません。

ふらふらになりながら過ごしていたある夜、いつものように長らく吐き気と戦っていましたが、毎日の疲れから段々吐く力が弱くなっていました。

そんな中、突然吐いた物が喉につまり、息ができなくなりました。

私は必死で夫を叩き起こし、背中を叩くようにジェスチャーで訴えました。

夫が背中を思いっきり叩いてくれたので、事なきをえましたが、今でも当時の苦しさとパニックは鮮明に覚えています。

吐き過ぎて喉が切れ、血を吐いていたこともあります。

どうしても、吐き気が来てからの服薬では、効果が少ないのですが、吐き気がない時の服薬も嫌でした。

特に、私の場合は、吐き気が止まらなくなってしまうことで、胃痙攣を起こし、痛烈な腹痛を伴うことも多くありました。

医者には毎日薬を飲むことで、ひどい悪阻も軽減されると言われましたが、それでも、私は極力薬を飲みたくなかったので、毎日悪阻がありました。

耐えられない程の腹痛を伴う場合は、夜中に救急病院へ行き点滴をして貰って明け方に帰ります。

病院で

「水も飲めなくなったら、首にチューブを通して、毎日点滴することになります。まだ水分を取れるなら大丈夫、頑張って。」

と言われていました。

それでも、仕事は出産近くまで続けました。

仕事中は身体的には辛いのですが、精神的に安心できるからです。

具合が悪くなっても必ず助けてくれる人がいること、同僚に悪阻が辛いと弱音を吐けること、そして、何よりも学校の子供たちが私を必要としてくれること、赤ちゃんを楽しみにしていてくれることで、精神的にすごく支えられていました。

無痛分娩の失敗

私は産後の手伝いが誰もいないことから、無痛分娩を選びました。

無痛分娩の方が、産後の体力の戻りが早いと聞いたからです。

正直、無痛分娩を選んで、私の場合は失敗したと思います。

無痛分娩はカテーテルを脊髄近くに入れるのですが、私の場合、処置をするまでに、陣痛がすでに5分間隔になっていました。

一度目の注射は陣痛と重なり失敗しました。

注射をしている時に麻酔医が

「これはダメだ。」

というのが聞こえました。

そして陣痛が収まるのを待って、2度目の処置で成功したようでしたが、左足の感覚が完全になくなりました。

陣痛がなくなって楽になったと同時に、息み方も、産みたいという自然な欲求もなくなってしまいました。

いつ、分娩を始めるのか、どのように息めば良いのかも全くわからなくなってしまったのです。

産婦人科医に任せれば良いと思っていた私は大間違いでした。

陣痛が5分間隔になっていたにも関わらず、破水は一向に起こりません。

無痛の為に、楽に破水を待つことができました。

その分、体への負担は大きくなっていたのだと思います。

医者は全く様子を見に来ませんが、いつの間にか、全身ががたがたと震えて止まらなくなっていました。

知らぬ間に、子宮口が完全に開いているにも関わらず、破水が起こらない状態が続いていたようです。

すぐに医者を呼び、人工的に破水を起こし、出産することになりました。

いざ息まなければいけないとなっても、無痛にする前に感じたような自然に産みたい、息みたいという感覚が完全になくなっていました。

そして、無痛にしたために、足に力が全く入りません。

左足の感覚は全くなくなっていました。

そして、どう息めば良いのか何も感覚がわからないままに、どうにか力まなければいけません。

それが、想像以上に難しかったのです。

必要以上に出産に時間がかかりました。

途中、娘の心音が弱くなり、あと1回の息みで娘が出てこなければ、吸引しなければならいといわれ、どうにか最後の力を振り絞り、ようやく娘が生まれました。

次の日の朝、麻酔医が私の様子を見に来ました。

私服で見に来たので、様子がおかしいなと思いましたが、私の足が動いているのを確認して、安心していました。

痺れを訴えましたが、そのうちに消えて無くなるからと言われました。

私の左足つま先は、無痛分娩以降、今でもずっと痺れているままです。

ひどい腰痛もあります。

医学的根拠はなく、私の推測でしかありませんが、出産以降発症した症状なので、無痛分娩の失敗が原因の可能性を否定できないのではないかと思っています。

無痛分娩は、私の人生で最大の後悔となりました。

海外で出産するということ

アメリカでは通常、出産後1泊か2泊(本人の希望でどちらか)で帰宅となります。

私は帰る直前まで、娘がどうしたらうまく母乳を飲んでくれるのか、看護師の指導を受けていました。

産後2泊では、娘がうまく飲めるようになる前にもうすでに帰宅です。

病院では母乳が出ない産後1、2日の間は、看護師が娘の状態を必ず確認した後、何も飲ませなくても大丈夫と言われていました。

私は

「脱水症状になるのではないのか。」

と不安でしたが、看護師に

「大丈夫。心配だったらミルクをあげることもできるから言って下さい。でもミルクを最初からあげすぎると、母乳を頑張って飲まなくなる場合もあるから。」

と言われました。

このミルクがまた、粉ミルクではなく、日本で災害時に注目を浴びた、すでに作られたミルクがボトルに入っているものでした。

私はその時、出来合いのミルクと言う物を初めて見ました。

母乳が出ない不安に続いて、脱水の不安、そして、ミルクを飲まなくなる不安、さらには新生児に出来合いのミルクを飲ませることに対する不安、次々と難題に襲われます。

そして、退院と共に、そのすべてが私の責任と判断に任せられます。

物凄く怖かったですし、その重責に押しつぶされそうでした。

生まれたての赤ちゃんは何と言っても小さいです。

私は娘を産んで初めて、生まれたばかりの赤ちゃんはこんなに小さく儚げなのかと愛おしいと同時に驚きと、そして不安に襲われました。

「こんなにも小さな命を守ることができるのだろうか。」

この不安が、一番大きかったと思います。

失敗は許されないという気持ちにもなっていたのだと思います。

娘の命が私に託されるわけですから、その責任は非常に大きく重く、私の肩に載っていました。

日本だったら家族、そして何より、もう少し病院に長くいて、看護師や同じ新生児のお母さん達と不安を吐露し、色んな知恵や経験を享受できたのかもしれません。

初産の私には、何が何だか全くわからないまま、赤ちゃんと2人だけの時間が山の様にあるわけです。

お産の経験がある人が傍にいないということは、物凄く辛かったです。

それでも、どこか自分では何とかやってみせると言う思いも強かったのだと思います。

海外にいる中で、簡単に人には頼れないということはすでに経験済み、そして、何よりもアメリカで産むことを決めたのは自分だからと、少し肩に力が入りすぎていたのだと思います。

今思えば、もっと人に頼れば良かったのかなと思います。

家族ではなくても、

「必要なものがあったらいつでも声をかけてね」

と言ってくれた友人や知人をもっと頼って、お世話になれば良かったなと思います。

家族以外には甘えられない、世話になるわけにはいかないという認識が、私の中には長くありました。

子育てを通して、私は家族だからわかり合える、助けて貰えるというわけではないこと、そして、節度をわきまえた中で、友人、知人、そして病院や福祉の助けを借りることも必要なのだと言うことを学びました。

育児を楽しむ余裕がなかった、それが今では残念でたまりません。

当時の自分に、

「もう少し肩の力を抜いて、そんなに心配しなくても大丈夫。もう少し周りの手を借りて楽しもう。」

そう言ってあげたいです。

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