25歳で離婚!束縛と転職を繰り返す元夫からの養育費は?

当時元夫はカフェに勤めていて、私は3ヶ月前にパートを始めたばかりでした。

離婚の原因は一言では言い切れなき程たくさんありますが、束縛が強く転職ばかりを繰り返す彼に愛情を含めた全ての感情が無くなってしまい、私の方から離婚を切り出しました。

それからスムーズに離婚できたかと言えば、義理の両親が絡んできたり、養育費や財産分与のことなどあり話し合いが難航する場面もありましたが、私の意志は固かったので離婚を告げてから2ヵ月程で離婚することができました。

離婚に向けて~仕事、親権~

元夫に離婚を切り出し成立するまでの間に私がしたことは、まず息子の親権を取られないようにするために、元夫に離婚を告げた翌日に、勤めていたパート先の店長に契約社員にしてもらえるように交渉しました。

厳密にいうと、それよりも以前から、もしかしたら離婚をするかもしれないのでその際は契約社員にして下さい、と伝えていたのですぐに契約社員にしてもらうことが出来ました。

しかし私の不安は杞憂に終わりました。

なぜなら離婚が成立する際義理の母から、離婚するのであればもう孫ではないので、今後一切関わらないようにと言われたからです。

養育費は渡すつもりはないと言われていましたが、離婚は元夫と私の間で話し合いをした結果なので、義理の母の意見はないものとさせてもらいました。

元夫との約束

離婚の際に元夫とした約束は3点あります。

1つ目は養育費を毎月2万円振り込んでもらうことです。

希望は3万円だったのですが、話し合いが長引くので私が折れたような形になりました。

2つ目は、養育費は息子が18歳になるまで払うが、私が再婚をした時点でストップするということでした。

私は息子が10歳のときに再婚をしたので、それまでは約束通り払ってもらっていました。

3つ目は、息子や元夫が会いたいと希望すれば面会の時間を設けるということです。

離婚をしたとき息子は1歳半だったので、元夫への記憶はなく、息子から会いたいと言われたことはありません。

そして元夫も今まで1度もそういった連絡や、連絡そのものがほとんどない状態です。

それもそのはずで、元夫は私と離婚して1年程で実家に帰って再婚をしていました。

この先もきっと連絡はないと思います。

離婚成立後の住居

結婚していた当時は賃貸のマンションに住んでいましたが、元夫に離婚を切り出したその日に私は息子を連れて実家に帰りました。

元夫の実家は、マンションから車で3時間程かかる場所にあることと職場も近場だったためすぐに帰ることは出来ず、結局離婚が成立してからも1ヶ月程は1人でマンションに住んでいました。

私も本来は実家には帰らず息子と2人で生活をしたかったのですが、転職を繰り返す夫が原因で貯金は出来ていなかったので、しばらくの間だけ実家に帰ることにしました。

中には実家に帰ると親に頼ることが出来るのでいいのではないかという方もいるとは思いますが、私の母もシングルマザーで私を育ててくれ、迷惑をかけたくはないという思いや、自立をしたいという気持ちが強かったので、私個人の気持ちとしては早く実家から出るつもりでした。

しかし、当時はすぐに出ていくはずの実家でしたが、家賃や光熱費がかからないので結局出ることは出来ず、その結果そのまま再婚するまで住まわせてもらいました。

離婚後の経済的問題

離婚をしてからの生活は楽ではありませんでした。

私の収入は、給料と養育費、児童手当、扶養手当です。

それだけを見ると金額が多いように感じるかもしれませんが、私には車のローンやカードローンの返済、その他の支払いなどが山のようにありました。

なぜなら転職を繰り返す元夫の給料はとても少なく、私のクレジットカードでキャッシングなどをしていたからです。

収入のほとんどが支払いに消えていき、金銭面はずっと苦しくて、何度も自己破産をしようかと悩みました。

元夫との離婚に後悔はないけど…

私は今まで1度も離婚を後悔したことはありません。

束縛が強く攻撃的な夫と結婚をしていたときは自律神経失調症になり、息が出来なくてすぐに過呼吸をおこしていましたが、離婚をしたことで、精神的にも肉体的にも解放され自由ってこういうことなのかと実感したほどです。

ただ1つだけ今でも後悔していることがあります。

それは、息子と一緒に過ごす時間を取らなかったことです。

私の仕事場は8時半から20時半までで、その中で早番・遅番と分かれていました。

またサービス業だったので、基本休日は平日、年末年始ももちろん仕事でした。

息子は3歳から保育園に預け、それまでは母が面倒を見ていました。

役割としては私が父親役で、息子からしたら祖母である母が母親役をしていました。

母は息子の面倒をとてもよく見てくれ、感謝しきれない程たくさんのサポートをしてくれました。

しかし私には、息子がいつオムツがとれたのか、いつからお箸を持って食べたのか、いつからスムーズに話せるようになったのかなど、離婚してからの息子の成長過程の記憶がほとんどありません。

私はとても不器用な人間なので、仕事と育児を両立することは難しかったのです。

世の中には両立出来ている方がたくさんいます。

シンママで、仕事ももっと忙しくて兄弟がいる方もいるかと思います。

ですが、私は仕事をし始めると、どうしてもそちらの方に比重が重くなってしまい、残業なども自ら率先していました。

何度か転職することも考えましたが、金銭面のことを考えると中々動くことが出来ず、その間にも息子は祖母にべったりで、逆に私は蚊帳の外にいるような気持ちにいつもなっていました。

母とは子育ての方針のことでもよく衝突しました。

その度に、実家から出たいという気持ちは強まりましたが、やはり金銭的なことと仕事のことが引っかかってしまい、どうすればいいのかいつも悩んでは出口が見えないでいました。

それから何年かしてから転職をすることが出来たのですが、今でも何が正しく自分はどうするべきだったのかは分かりません。

ただ1つ言えることは、 、

シンママは誰かのサポートなしでは困難ということです。

以前扶養手当の手続きに行った際、担当の方に

「お母さんが頑張っていることは息子さんに必ず伝わっていますよ」

と言われ思わず泣いてしまったことがあります。

そのとき自分でも気づかない間に心が脆くなっていたのだなと驚きました。

馬鹿にされたくなくて必死に強くあろうとしていたのかもしれません。

私には母がいて相談することが出来ましたが、自分の親だったり友達だったり、保育園や役所の方だったり、周りを見渡せば案外力になってくれる方はいます。

今私が思うのは、子供のためだけでなく、自分と子供がすくすくと成長出来るように歩んでいくこと、それだけです。

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