ヨーロッパ在住、息子2歳で離婚!たくさんの壁どう乗り越えた?

一人でパパ役ママ役をしないといけないシングルマザーの子育てはただでさえ大変。

ましてや言葉の不自由な外国だとなおさらです。

そんな時に実家を頼れたら心強いけどそれもできない時、いったいどうしたらよいのでしょう?

親が不安な気持ちでいると、子供にいいはずがありません。

私が試行錯誤しながらたどり着いた先は、とても意外なものでした。

今回は、何もかも一人で抱え込んでしまっていた私が、育児を丸投げできるようになるまでの変遷を交えながら、いかに上手に助けを求めることが重要かについて私の体験を綴ってみたいと思います。

シングルマザーになったばかりのころは失敗ばかり

ヨーロッパ在住の私がシングルマザーとして子供を育て始めた頃、最初のうちは意気込みすぎて色々失敗しました。

2歳にして片親にしてしまったという後ろめたさもあり、

しつけをしっかりしなければ!

という思いから厳しくし過ぎたり、身体を鍛えさせるためにどんなに疲れていても必ず外遊びをさせて、子供より先に寝落ちしてしまいそうになったり。

食事の手抜きもしたくなかったし、知育の手抜きもしたくなった・・・。

それでも私は一人きりだし、お金もないし、一日は24時間しかないことは変わらないので、だんだん疲労困憊していき、結局イライラしてしまうことに気づきました。

慣れないシェルター暮らしからの二人暮らしのスタートもそれに拍車をかけていたように思います。

ネット環境もなく、誰とも心を開いて話せないでいると、ストレスはたまるばかりです。

そのころの私には、そのストレスのはけ口がどこにもありませんでしたし、助けの求め方も知りませんでした。

まわりに助けられて少しずつ前進

新しい友達づくり

シェルターを出て、長い間離れていた街に戻ってきた時には、まず友達作りから始めなくてはなりませんでした。

唯一のなんでも話せていた友人は遠くに引っ越してしまっていたので、頼れる人はもう誰もいませんでした。

もちろん、人選びの失敗もしました。

それでも、少しずつ新しいママ友やパパ友ができて、悩みごとの相談ができるようになりました。

育児の悩み、今後への不安。

みんなからアドバイスをもらったり情報をもらったり、少しずつ前進していきました。

専門家の助けを最大限に活用

ソーシャルワーカーや女性保護団体の助けも大きかったと言えるでしょう。

どんなにママ友ができても、全てを語るのはさすがに無理です。

また、専門的なアドバイスを得ることもできません。

そんな時に、ソーシャルワーカーは心強い味方です。

裁判所からの書簡など、難解な言葉で書かれた重要書類を理解するためにもソーシャルワーカーの助けを借りました。

また、専門のカウンセラーを見つけることができたのもラッキーでした。

単なるセラピーとしてではなく、新生活を準備する手助けをしてくれるのです。

また日本の児童相談所にあたる機関にも長い間お世話になりました。

そこでは、二人きりで会話ができない両親が顔を合わせ、親としてどうか関わっていくのか、どう違う教育方針の二人がすり合わせをしていくのか、の話し合いを行う機会を作ってもらえました。

私は運よく、これらの機関を見つけることができ、そのことによって本当に救われました。

これらの機関の人々の援助なしに、今の自分はなかったと言っても過言ではありません。

この経験を通じて、やはり、たった一人で子育てをするということは無理だし、一人きりで何もかも解決することは不可能だと実感しました。

子育てはマラソンと一緒。

走る時は一人でも、最後まで長く走り続けられるように色々な人の助けを借りないといけないのだと思います。

マラソンなら棄権や途中放棄もできますが、育児はそういうわけにはいかないのですから。

子供に言われて辛かったこと

子供が保育園から幼稚園に行くようになり、環境ががらりと変わりました。

ある時期から子供が家で荒れるようになったのです。

私に悪態をついたり、暴力をふるったり。

一体何が起きたのかと訳が分からないでいたのですが、どうやらクラスでイジメにあっていたようでした。

「オンナみたいだ。」

とバカにされたようなのですが、確かに息子は私にソックリ。

しかもジェスチャーも自己主張もこちらのお子さんたちよりずっと控えめ。

それがこちらの子供達の目には女っぽいと映るようなのです。

また、女親一人に育てられてきたため、女の子が喜ぶようなことをするのが得意なことも影響しているかもしれません。

でも、息子に

「ママのせいだ!ママがあんなパパと結婚したせいだ!だからパパと別れなくっちゃいけなかったんだ!そのせいで女の子みたいに育てられたからバカにされるんだ!」

と言われてしまうと

「ごめんね。」

としか言えませんでした。

そのころから、日常に父親の存在のないことがまたプレッシャーとなってきました。

私の入院~ママ一人ではどうにもならないこともある~

そんな折、私が急病で1ヶ月ほど入院することになってしまいました。

子供が5歳の時です。

そんな時に子供を預けられる先はただ一つ。

子供の父親です。

一緒に暮らしていた時でさえ、あまり育児参加していなかった彼に任せて大丈夫なのか?という不安は一瞬横切りましたが、他に頼れる人がいなければ思い切って全部任せるしかありません。

子供は

「ママと行く!」

と言いましたがもちろんそれはできないので、説得してパパと残ることに。

この時ほど、子供の父親の存在をありがたいと思ったことはありませんでした。

やはり、子供をたった一人で育てることは不可能だと再認識しました。

そして、子供の成長と共に、やはり父親の存在は重要だとも思うようになりました。

新しい親子関係~みんながハッピーに~

最初のころは、食事内容がひどかったり、時間管理ができずに幼稚園に遅刻ばかりしたりと「新米」パパは悪戦苦闘だったようですが、私のリハビリが終わるころにはだいぶ「父親業」にも慣れ、手慣れたものになっていました。

また、息子も

「ママじゃなきゃダメ!」

をようやく卒業してくれ、一回り大きくなりました。

私も、それまでベッタリだった子供から初めて離れて、ようやく心に余裕ができました。

ベッドの上で思わず天からのこの素敵なプレゼントに感謝しました。

結果として、この私の入院のおかげで、それぞれの親子としての関係性が変わったのです。

私にとっては母子分離に成功し、父親にとっても「親としての自覚」が芽生える、いいきっかけになったように思います。

ヨーロッパでは一般的な共同親権の意義はこんなところにあったのか、と腑に落ちるものがありました。

最後に

できないことを一人で抱え込んでも、ご自身のためにもお子さんのためにもいいことは何もありません。

思いつめるより、誰かに相談することによって道が開けてくるかもしれません。

この記事を通じて、シンママやシンパパでなくてもワンオペ家庭のママやパパが、もう少しまわりにヘルプを求めることができるようになるお手伝いができたら幸いです。

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