玄関共有の二世帯住宅!義母に敵対心抱きつつ感じたメリットは?

主人は結婚前から同居を望んでおりました。

しかし私は希望していなかったので、どうしても譲れないと言うのであれば別れる選択をするとまで切り出しました。

ですが、うちの両親だったら絶対に上手くいくと散々説得された挙句、半ば押し切られて二世帯住宅を建て結婚と同時に同居をスタートしました。

優しい義理両親との同居

同居後、義父は病気で他界しまして現在の家族構成は、義母と主人、10歳の息子と私の4人です。

玄関のみ共用の半二世帯住宅で暮らしています。

同居して数年は、私も正社員として仕事を続けていましたし子供もまだいませんでしたので、同居をしていて嫌なことはありませんでした。

義理両親は基本とても優しくていい人達で、仕事をする私のことも気遣ってくれました。

そんないい人達でもやはり気は使いますし、生活のペースが乱れることも当然あります。

でも同居の大変さは、子供を出産してからが本番でした。

産後、義母に対する心の変化

出産当時、既に義父は他界していて義母のみでした。

初めての子供を授かった私は、手探りの育児の毎日でしたが、同時に可愛い我が子を育てる喜びで嬉しさ溢れる毎日でした。

実母が病気で入院していたので里帰りが出来ず、義母には色々と助けてもらいました。

でも出産した母親、つまり当時の私は、子供のために大きな心の変化がありました。

子供を守り育てる本能みたいなものを自分の中に感じました。

色々手伝ってもらっても、義母に対して敵対心みたいなものが芽生えたのです。

一階は義母の居住スペース、二階は主人と私と息子の居住スペース。

壁など隔てるものはなく、階段で自由に行き来出来ます。

ですから、赤ちゃんがおっぱいが欲しい、眠い、機嫌が悪いなどでの泣き声で、義母は

「泣いてるよ~」

と言ってきます。

まず、このいつも聞かれているというプライバシーを保てない状況がストレスとなりました。

私も泣かせたままにせず都度対応をしていました。

また育児について分からないことは市の保健師さんや相談員さんが自宅まで来て教えてくれます。

もちろん義母のアドバイスも聞いた上で、私なりの育児指針みたいなものを確立していきました。

私は必死に母親になろうとしていました。

そこで、育児をとっくに終えたおばあちゃんの立場から、ゆとりをもった目で口でアクションを起こされることが、とてつもなく嫌で邪魔でさえありました。

それだけではなく、主人のお姉さんが子供を夜遅くに連れてきて遊ばせることもあり、どうして自分のペースで子育てが出来ないんだろう、と何度も一人泣きました。

主人は夜遅くに帰るためろくに相談が出来ないでいたので、子供を産む前に私のことを気遣ってくれた義母を、敵のような気持ちで過ごすようにまでなってしまったのです。

慣れない育児の中、人の目がある利点

子供のためには色々な人と接することも必要であるし、息子をとても可愛がってくれているし、私が子供に対してイライラすることがあっても

「〇〇くんは色々上手になってきてすごいね~」

などと褒めている言葉を聞いただけで、はっと一呼吸おくことが出来ました。

邪魔だった第三者の目は、当時者からすると救いの目になり冷静に戻れたりもすることに気が付きました。

私の心のバランスと、育児指針を守るにはどうすればいいか考えた結果、子供が就学するまでは、私の方針を守ろう。

子供にも根気よく働きかけよう、と思いました。

就学前までの時期に親子の絆を確固たるものにしたかったからです。

義母に気を遣って言いたいことが言えないと子供も迷うところがあるとも思いました。

育児指針を義母にも共有

だから育児をしていく中で、これはやめて欲しいということははっきり言うことにしようとも思いました。

日常のささいなことで例に挙げると、椅子にぶつかった息子が痛くて泣きました。

義母はぶつかった椅子に

「悪い椅子ね」

と椅子を叩きました。

そばで見ていた私はすぐに

「椅子は悪くないよ。でも痛かったね。ぶつかると痛いね。今度からぶつからないようにどうしたらいいかな」

と話しました。

またある時は、お散歩をしていて、道に枝が落ちていました。

義母は躓かないように一つ一つ取り除きました。

ここでは、義母にはっきりと

「初めは躓いても、躓かないようにどうしたらいいか学ぶ機会なので見守ってください。」

と言いました。

義母はその場ではいい顔をしませんでしたが、私の気持ちを汲み取ってくれたのか何も言わず次からは見守ってくれました。

そして小学校に上がり、息子には一本の芯が出来たように感じます。

私は赤ちゃんを守る母親ではなく見守る母親になってきました。

私にとって同居は大変であったのですが、第三者から常に見られているということがストレスでもあり、育児においては冷静ににもなれる二つの面があり、それが育児方針を出来るだけブレずにやってこられたメリットでもあったのかな、と今では思います。

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