超低出生体重児で生まれ、NICUで受けた診断、検査は?

母乳の不思議

NICUに入院している娘の面会に行ったのは、出産して次の日でした。

面会前に、主人が

「名前を考えないといけないらしい」

「最初にでる母乳が良いそうだよ、それを飲ませると抗体ができて良いんだって」

というのを伝えられ、さっぱり意味がわからなかった私です。

「なんで?まだ妊娠7ヶ月だったんだよ?どうして母乳がでると思うわけ?無理に決まってるじゃない!!」

という事を言っていたと思います。

名前だって全然考えていなかったし、

何でそんなに急いで名前を考えないといけないの?

ってそれはすごく思いました。

後で知った事ですが、NICU入院には多額の費用がかかるため、「養育医療」の申請をするのに出生届をしないと申請できないとのことです。

だから出生届のためにも名前が必要とのことで、それはゆっくり決めればという悠長なことを言っている時間もなく、一日も早く出生届と申請をしないと、月100万単位で支払いが発生するという凄い世界だったのです。

NICUに面会に行って初めて娘の顔を見て、管だらけの痛々しい娘の姿にかなりショックを受けました。

母乳については不思議な話で 自分の病室に戻った瞬間に胸がはってきて母乳が出たのです!!

「何これ?どうして?」

と大騒ぎして採取したように思います。

赤ちゃんに触れる事で母体が出産したという風に脳に指令が行くそうで、母乳が出るというメカニズムなんですって。

そうなんだ~と、ただただ驚いた出来事でした。

ひたすら搾乳

私は入院中から毎日搾乳をしていました。

母乳を絞って袋に入れてそれを管から赤ちゃんに注入するために必要なことでした。

最初は手でやっていましたが、全然出ないし疲れるので、病院の搾乳機を借りたりした時もあります。

基本的にNICUへ面会に行ったときは、裏に搾乳場所があって、搾乳機を借りて搾乳作業をしていました。

搾乳する場所の横に母乳を提出する場所があるので、そこの人に母乳を渡してお願いします。

母乳は冷凍保管されて赤ちゃんに注入されますが、小さな赤ちゃんの場合、それほど母乳が必要ではないので最終的には、母乳パックがいっぱいになり破棄されてしまいます。

でも、搾乳し続けないと母乳も出なくなるので、とにかく必死に搾乳していたのを覚えています。

NICUとGCU

NICUには病床がいくつと決まっていて、常時いっぱいの状態でした。

いっぱいなのに受け入れざるを得ず、受け入れている時もあったようで、そういう時は、NICUの中でも状態の良い赤ちゃんをGCUへと移していました。

娘がNICUに入った時も、どなたかの赤ちゃんがGCUへ移ったのかもしれません。

そして入院2~3ヶ月くらいした時に、娘は突然GCUへ移されました。

その時の体重はまだ1000gにもなっていなかったと思います。

超低出生体重児390gで生まれた我が子のNICU退院まで

2019年3月6日

GCUへお見舞いに行くと、保育器に入ってはいますが、NICUよりも多くの赤ちゃんがいて、看護師さんは数名という環境で、ちょっと心配もありました。

でも、その頃の娘は、ようやく口からの酸素が取れて鼻からの酸素になったので、顔がより見えるようになり嬉しかったのを覚えています。

だけど、ちょっと苦しそうにしているように見えました。

それがずっと引っかかっていました。

慢性肺疾患と未熟児網膜症検査

娘はGCUへ移り数日で呼吸状態が不安定になりNICUへ戻ってきました。

その時に診断されたのは「慢性肺疾患」呼吸が苦しくなっている状態で酸素が手放せなくなりました。

GCUにいた時は、鼻からの酸素でOKだったけど、それでは苦しすぎるということで、口から装着して酸素を注入していた感じでした。

そして、未熟児網膜症検査というのがあり、赤ちゃんの体は少しずつ出来るわけであって、目は一番最後に出来るのだそうです。

早産児や低出生体重児は、網膜の血管が完成していない状態で出生するため、入院中に網膜の状態を検査して血管が破裂していないか、ちゃんと正しい方向に伸びているか?という検査をします。

検査の後の娘の目は、物凄く腫れていました。

毎回毎回腫れてて痛々しい目をしていました。

一般的に言われるレーザー治療というのは、この血管が違う方向へ伸びてしまう時に止めるためにレーザーを発射して止めるのだそうです。

レーザー治療をすると視野が狭くなったり視力が低下したり、時に失明というケースも、早産児にはかなりあるそうです。

網膜検査をして早々にOKが出てパスする赤ちゃんもいれば、レーザー治療を要する赤ちゃんもいて、娘の場合はいつまでもOKとかNGが出ないで検査を繰り返していました。

膜が取れなくて血管の状態をいつまでも確認できなかったそうです。

結果的には、問題なしとわかったのが半年後でしたが、毎回冷や冷やしていました。

退院後も気が抜けない

娘は、私の妊娠中毒症の影響で酸素不足・栄養不足になり、頭は妊娠週数と近い大きさだけど、胴回りが小さくやせた状態で出産しました。

このタイプは、出産予定日には退院できません。

なかなか体重のリカバリができないので半年~1年くらい掛かって退院する事が多いそうです。

逆に同じ26週でも600g~で生まれた赤ちゃんは、出産予定日くらいには2000gになって退院していきました。

回復も早くて早く退院できて羨ましかったです。

搾乳室でのママたちとの会話もとても楽しみだった半面、徐々にお局みたいに長くいる人になっていた自分は少し寂しくもありました。

早産児は、肺が弱かったりとリスクも多く、

「退院してもすぐに風邪を引いてしまい肺炎になりやすく重症になって小児科へ再入院する子も多いんだよ、きっと娘も戻ってくるんじゃないかな」

と、看護師さんに言われたのが印象的で、退院後は徹底的な空調管理と室温管理をして一年くらいは外出もせず、来訪も遠慮してもらい、常にNICUのように室内を保つように心がけていました。

お蔭様で再入院とか肺炎にもならずに育ちました。

辛口だったけど、退院時に話した看護師さんに感謝です。

さいごに

子育ては、それぞれの個性によって異なるとはいえ、思うようにならない事も多くて、日々葛藤、そして悩み、出口のないトンネルにいるように感じた日々でした。

それでも、退院できた!看護師さんに気を使ったり、限られた面会時間ではなく、一日中娘と一緒にいられる。

ようやくその夢がかなったのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)