生後10日で「先天性甲状腺機能低下症」診断!治療は?

子供が生まれてくる時に望むことって何ですか?

五体満足で健康であれば。

そう望む親がほとんどです。

生まれてからも「健やかな成長を祈って」という言葉は何度口にする事でしょう。

私の子供は現在4歳。

元気に幼稚園に通う女の子です。

妊娠中も何の問題なく出産時は緊急の帝王切開になりましたが大きな産声をあげてくれました。

しかし入院中のある検査に引っ掛かります。

新生児マススクリーニング。

娘の病気と当時の私の気持ちをお話したいと思います。

3092gの元気な女の子

私の娘は身長49センチ、体重3092gで生まれてきた元気な女の子です。

出産は緊急の帝王切開になりましたが産後の経過も問題なく母子ともに無事退院しました。

入院中もおっぱいをよく飲みよく泣きあまり寝ない普通の赤ちゃんです。

初めての出産と赤ちゃんの世話に緊張しながらも周りの看護師さんに助けられながらなんとか帝王切開の傷も回復し退院後も実家で育児に奮闘していました。

産婦人科からの電話

退院して2~3日経った時に突然産婦人科から電話がかかってきました。

「なんだろう」

と特に何も考えず電話に出ます。

すると

「赤ちゃんが入院中にした検査で陽性が出たものがある」

「擬陽性が出る事が多い検査だから気にしないで改めて再検査しに来て」

と言われました。

私は安心し、その日のうちに再検査に行きました。

検査結果は2日後くらいに出ると言われ私も

「擬陽性だったんだろうな」

と勝手に思い込んでいたのです。

2日後産婦人科から電話がかかってきます。

「検査結果が出たからすぐに来てほしい」

私はその時すぐに感じました。

「擬陽性じゃなかったんだ」

すぐにタクシーに乗り母と産婦人科に向かいました。

診察室に呼ばれ告げられたことは

「検査結果は陽性でした」

産婦人科に向かう途中から覚悟はしていました。

しかし何の検査で何が陽性なのか私ははっきりわかっていません。

先生に聞いても大きな病院の小児科に行って詳しい検査をしないとここでは診断名はつけられないと言われただけでした。

先生が言うには

「甲状腺の病気でTSHの数値が平均より高い」

「小人症になる可能性がある」

私はその後の先生の話を全く覚えていません。

母が言うには大きな病院の紹介状を書いてもらい日にちを決めたそうです。

しかし私の頭の中には「小人症」の言葉だけが残っていて何も考えられませんでした。

待合室で紹介状が出来るのを待っている間まだ生まれて間もない我が子を抱きながら気付けば泣いていました。

今私の腕にいるこの子の将来はどうなるのかわからず悲しいのか戸惑っているのかわからないままただ泣いていたのです。

嗚咽が出るほどに。

まだ母として未熟な私は今何をすべきかを考える事が出来ませんでした。

大学病院での検査

それから大学病院に通い詳しい検査をしてもらいました。

採血のみの検査ですがまだ小さな我が子は怖いと言っているように泣きます。

しかし検査をしなければどんな病気かはわかりません。

泣く娘を看護師さんに託し待合室にまで響く我が子の泣き声を聞きながら待つ事しか出来ませんでした。

1時間もしないうちに検査結果が出てようやく病名を知りました。

「先天性甲状腺機能低下症」

病名を聞いたところでさっぱりです。

簡単に言うと甲状腺の働きが弱く代謝に異常が出る可能性のある病気。

娘は「先天性甲状腺機能低下症の疑い」でした。

定期的に検査を続け数値が範囲内に収まらなければ投薬治療を開始すると言われました。

しかし私が気になるのはどんな症状が出るのか。

産婦人科の先生が言っていたような「小人症」になってしまうのか。

ようやく聞けた答えは

「万が一数値が範囲内に収まらず投薬治療が始まってもきちんと薬を飲んでいれば普通の人と何も変わらない生活が送れる」

でした。

私はやっと安心できる答えにたどり着くことが出来たのです。

投薬開始

娘が7か月を迎える頃血液検査を続け経過観察だった「TSH」の数値も範囲内に収まる事はなく投薬治療が開始されました。

この日から毎日薬を飲まなくてはなりません。

診断がついたのもこの時です。

毎日薬を飲んでいれば何の症状も出ないとわかっていてもやはりショックでした。

どこかで「TSH」の数値も落ち着き一過性のものだったと思っていたかったのかもしれません。

しかし投薬で症状が出ないのであれば幸いです。

それから4歳6か月までの3年11か月薬を飲み続けました。

赤ちゃんに薬を毎日溢さず飲ませる事は難しい日もありました。

泣いて嫌がる事があったり具合の悪い日は口に入れても咳き込んで吐いてしまったり。

これでいいのかと思いながら3か月に1回大学病院に通い続けました。

3年11か月で休薬での経過観察

3年11か月飲み続けた薬も徐々に減らしながら調節が続きました。

そして4歳半になった時ようやく休薬での経過観察になったのです。

気付けば4歳半にして薬の飲み方も上手になりあんなに泣いていた採血も泣かずに出来るほどに成長していました。

今はまだ経過観察中です。

もしかしたらまた投薬治療が始まる可能性もあります。

このまま完治するかもしれません。

それはまだわかりません。

しかしあの赤ちゃんだった娘はいつの間には成長していました。

大きく、元気に、時にはわがままに。

私が病気の経過を心配しているのをよそに娘は健やかに成長していたのです。

無知が不安を連れてくる

私は娘が赤ちゃんの時に行った新生児マススクリーニングの事をよく理解していませんでした。

よく見ると母子手帳にもきちんと記載されているのに、です。

「早期発見が出来れば投薬で治療することが出来る」と。

しかし私は何も知らなかったのです。

知らなかった私は先生に何を聞いても理解をする事が出来ず不安ばかりが膨らんでしまっていました。

もし私が出産前に知っていれば万が一「先天性甲状腺機能低下症」の診断がついても治療できるとわかっていたはずです。

あんなに不安になる事もなかったでしょう。

私の無知が勝手に不安を連れてきていただけなのです。

知る事でなくなる不安はいくらでもあります。

この病気に限らず知っている事で前向きに治療にも取り掛かれることだってあるはずです。

これから娘を育てていく上で今まで以上に問題は出てくると思います。

子育てに悩みも尽きません。

それでも親が子に対して望むことは「健やかであれ」

それだけです。

これからどんな事が娘に起こっても受け入れられる母でいたい。

そう願っています。

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