ヒルシュスプルング病とは?入退院を繰り返した息子との闘病生活

ヒルシュスプルング病をご存じでしょうか?

私は、自分の子供がこの病気とわかるまで、聞いたこともありませんでした。

簡単に言うと、一般的なヒルシュスプルング病は、大腸から肛門を結ぶS字直腸の部分が、何らかの事情で細くなり、うまく機能しない病気です。

新生児~小児の時期に気付くことが多いと言われています。

認知度が低い病気ですが、実は、小児外科医に聞いたところ、日本では5000人に1人、つまり3日間に生まれる赤ちゃんのうち1人がかかる、と言われているのです。

知ってもらいたい!ヒルシュスプルング病を語る理由

このヒルシュスプルング病には、いわゆる一般的なやや軽度と言われるものから、ヒルシュスプルング病類縁疾患と言われる重篤なものまであり、みな同じ程度というわけにはいきません。

どちらにしても、手術で細くなっている部分を取り除くことになりますが、大腸の一部、あるいは大腸全摘、または大腸だけではなく小腸にまで及ぶ場合もあります。

摘出部分が多いほど、予後が良くなく、特に類縁疾患の方では、手術後、口から栄養を取ることが難しくなり、静脈栄養(静脈に管を刺してそこから栄養を入れる)により食事を取ることになるようです。

私の息子の場合も、この類縁疾患の可能性はゼロではないと言われ、ずいぶん心配しました。

医師の説明だけではなく、もっと深く知りたいと思い、ネットで調べましたが、あまり望む情報を得ることができませんでした。

体験談がとても少ないのです。

そこで、私と息子がどのようにヒルシュスプルング病と闘ってきたかをまとめたいと思いました。

生後、起きない、泣かない

息子は体重3945gで元気に生まれてきました。

生まれてすぐ、元気な産声をあげ、

「元気に生まれてくれて良かった。」

とほっとしたものです。

ところが、生後1日目、ほぼ眠っていて全く起きないのです。

最初は、疲れたのかな、と助産師さんと話をしていました。

ところが、2日目、朝目を開けるもおっぱいを飲まず、泣きもせず、お腹がパンパンに張っていました。

それでも、その時はそれほど深刻には考えていませんでした。

助産師さんに相談し、すぐに小児科医の先生に診てもらうことになりました。

そして、そのまま息子は、産科からNICU(小児救急医療室)へお引っ越しとなったのです。

NICUでの面会

NICU にお引っ越しとなったその日に許可が出てすぐに面会に行きました。会った息子の姿を見て、びっくりしました。

栄養を補給する点滴と胃にたまる空気を抜くチューブが小さな口の中いっぱいに入っていて、なんとも痛々しい姿でした。

原因がまだはっきりとはわからず、しばらくかんちょうをしながら経過観察と言われました。

いったい、どうなってしまうのか、それに加えて、原因不明であることにかなりの不安感を覚えました。

しかし、その翌日、レントゲンでは異常なく、うんちも出ているし、搾乳した母乳も飲めるようになり、その次の日には母乳を直接あげることができ、順調な経過に喜びました。

ついに NICU を出ることができ、GCUというお部屋へお引っ越しになりました。
GCU では、回復期に向かう赤ちゃんや小さな子供たちが自宅で過ごせる環境を目指して過ごすお部屋です。

小児科病棟に移るには難しいけど、 NICU にいる必要はないという症状の子供達が過ごしていました。

息子はGCUで黄疸の症状が出ましたが、それも克服して1週間ほどで退院となりました。

晴れて、退院、そして再入院

七夕の日に退院でき、願いをかなえてくれたのだと思いました。

しかし、便秘の症状が悪化、自宅で綿棒かんちょうをしてもうんちが出ず、退院からわずか3日で再入院になりました。

夜間救急にて、小児科医の先生が、

「脱水症状の所見があるから入院した方がいいけれど、どうしますか?」

と聞かれ、

「入院します。」

と即答しました。

ただ、少し迷いが一瞬ありました。

一度病院を出た後の再入院は、母子入院になるということを知っていたので。

これまでは、NICUやGCUに入院していた時は、私が退院した後も、私が通院する形でした。

しかし、今度はいつ退院になるかもはっきりしない、ゴールが見えない母子一緒の入院です。上の子供達もいます。

母に頼りきりになるでしょう。

でも、入院以外の選択肢はなかったのです、そして、やはり入院しておいて良かったと、今でも思います。

母子同室での初めての入院

最初は、医師も看護師も、私も、原因がわからなくて、悪戦苦闘でした。

とにかく、何とかおなかに溜まっているガスを抜かないと、とかんちょうをしたり、管を入れてガス抜きをしたり、げっぷをさせるために色々な角度や方法を考えていました。

そのうちに、ガスが溜まっているのはどうやら胃ではなく腸であることや、おしりから管(カテーテル)を入れる方法でしかうんちが出ず、その方法を取れば自分で飲めるようになる、ということがはっきりとしてきました。

そして、ついに入院して一週間、レントゲンの結果を見た小児外科医の先生から病状についての説明がありました。

病気としては、ヒルシュスプルング病が一番疑わしいという話でした。

ただ、その病気であることを確定するためには、「直腸生検(ちょくちょうせいけん)」という検査をしなくてはならないのです。

ヒルシュスプルング病は、大腸と肛門を結ぶ直腸の部分の細胞の神経がないため、ひどい便秘症状に陥る(もっといえばうんちが全く出ない)病気です。

そのため、神経のない細胞部分(無神経節細胞)の組織を切り取って病理検査に出す必要があるのです。

この直腸検査は、全身麻酔で行います。

聞いた時は、手術のようだと思いました。

そして、まだ生後間もない息子に大丈夫なのかと不安になりました。

でも、ヒルシュスプルング病なら、手術をしない途はないから、もう受けるしかない、かわいそうだけど、ごめんね、という気持ちで、同意書にサインをしました。

検査前に一時退院

直腸生検は、生後1ヵ月から受けることができるようです。

まだその時息子はまだ0カ月、生後1ヵ月になるにはあと1週間ありました。

その間、病院で処置(カテーテルでのガス抜き)をしながら過ごしてもいいし、お母さんが自分で処置をマスターしたら自宅で過ごしてもいいですよ、と2択を与えられました。

迷った結果、自宅を選びました。

母が起きている間は手伝ってもらいながら、お腹の張り具合を見ながら、ガス抜きを行いました。

大変だったのは、母乳をあげる以外にもそういった処置をしなければならないことに加えて、お腹の張り具合を軽く見て、母乳をあげてしまうと、ちょっと張っていた時は、母乳を吐き戻してしまうことがあったことです。

毎度、母乳をあげる前に、お腹がパンパンに張っていないかを確認する必要がありました。

直腸生検

一時退院後、1週間たち、再入院しました。

直腸生検の前日入院です。

その日の夕方から、検査のために、息子は断食となりました。

夜は、特に大変でした。

息子はおっぱいを求めて泣き続け、一睡もしませんでした。

哺乳瓶の乳首にティッシュペーパーを詰めて空気が入らないようにして口にくわえさせ続けましたが、それでも、何とか飲もうと必死になっている姿がかわいそうでした。

そして、直腸生検当日、お昼に手術室までお見送りをし、検査自体は1時間ほどで終わり、麻酔がきいて眠った状態で息子が帰ってきました。

そして、目を覚ました時は、心からほっとしました。

またまた退院

直腸生検3日後に退院しました。

気持ちは不安定でした。

ヒルシュスプルング病だったら大変だ、という気持ちと、この病気であってほしい、それでなければ一体何の病気なのかという不安が募るだけ、という気持ちが混ざり合ったままでした。

退院は嬉しいけど、またきっと小児病棟に戻ってくるのだろうな、と思っていました。

ガス抜きの処置は継続して行う必要がありました。

でも、その時には母も私も、すっかりその処置には慣れたものでした。

この時は、ガス抜きもそうですが、人工乳(ミルク)よりも母乳の方が消化はいいからうんちが出やすくなる、との思いから、母乳をあげる他に搾乳をして頑張り過ぎていました。

その人一倍の努力が、後々自分の体調不良につながってしまうのですが。

直腸生検の結果、そして…

直腸生検から約2週間、小児外科の先生に検査結果を聞きに行きました。

そして、ヒルシュスプルング病が確定しました。

手術前には1週間入院をする必要があり、母乳より消化の良い栄養剤を与え、徹底して腸をきれいにする処置を行うようでした。

また、手術後は短くても2~3週間入院が必要で、4~5日断食だと言われて驚きました。

そして、その日はほっとしたような、でも病気が病気なので喜べない複雑な気持ちで帰宅したのを覚えています。

それから10日くらいして外来で手術日が確定しました。手術日の1週間前に入院を決めました。

レントゲンをとり、次の日、ガスが溜まっているため、処置が行われました。

予想外で、この時はなぜか泣きました。一人だったからだと思います。

不安で、怖くて、1人で処置室の前で泣きました。

情けない姿だったと思います、でも、母子同室で他に誰もいない密室で、唯一相談できる母は上の子ども達の世話で大変で、打ち明ける相手がいなかったのです。

一番大変なのは息子なのに、一番泣いていたのは自分だったと思います。

ママ、倒れる

手術を目前に5日前、息子の主治医だった先生(今の小児外科医の前に診てくれていた先生)に出会いました。

大丈夫か心配してくれました。

「倒れそうです。」と言ってしまいました。

でも、本当に倒れてしまいました。

その日の夜から一睡もできなくなりました。

すると、次の朝にはほてりが出始め、ふらふらになりました。

その日は、息子の付き添いをパパにバトンタッチして、ママは帰宅しました。

そして、母乳を出すために搾乳をするのも負担になるため、断乳も決め、不眠とも戦いました。

手術、そして…

ママは体調がひど過ぎて手術当日には病院に行くことができませんでしたが、パパが行ってくれました。

聞けば、腸の5㎝くらい神経がなくて、15cm弱くらいを切ったようです。

長さに驚かれるだろうと思いますが、腸はとても長いので、15cmといえど、短い方だそうです。

そして、5cm神経がないなら5cm切ればいいじゃない、とこれも思われるでしょうが、たいてい長めに切っておかないと、神経があるかないかの微妙な部分も存在するため、そこを残してしまうと、便秘になりやすくなるからその部分も含めて長めに切るようです。

ママの体調は崩れてしまいましたが、その反対に息子は、人工乳(ミルク)も飲めるようになり、順調な経過をたどりました。

手術後は、肛門の狭窄(きょうさく)といって、肛門が狭くなり閉じようとしてしまう傾向にあるようです。

それを防ぐために、ブジーといって、金属の棒を肛門に入れて狭窄を防ぐ処置が行われました。

そして、手術後1ヵ月くらいしてから、ブジーではなく、大人の小指を1日1~2回入れる処置で済むようになりました。

おしりが荒れやすいため、軟膏を塗ってあげる処置も必要でした。それは1歳になった今も続いています。

ついに退院

ママはまだ不眠を完全克服できたわけではなかったですが、手術から約3か月後、体調が落ち着いてきたので、退院を決意しました。

ありがたいことに、主治医の先生が、

「お母さんが良くなるまで預かります。」

と言って下さり、実際には母子付き添い入院が前提であるにも関わらず、息子を預かってくださったおかげだと今でも感謝しています。

息子は生後4か月を目前にしていました。

退院前もちょくちょく面会に行っていましたが、嘘のようにずっしりと重くなり、成長を感じました。

このタイミングで退院したのは、4か月検診が近かったことと、上の子の七五三と一緒に、出来なかったお宮参りをしたい、という願いがあったことが影響しています。

そして、何より、息子が順調でいつでも退院できる状態にあったことです。

退院後も、指でブジーをするなどの処置は覚えてする必要があり、生後7カ月まで続きました。

元気になった息子

生後6カ月で離乳食もゆっくりスタートし、1歳になった今では3歳上のお姉ちゃんよりもよく食べる息子です。

どうしてもうんちがゆるめでおしりが荒れやすく、軟膏を塗る処置が今でも必要ですが、最初まめに外来に通っていたのが今では3か月に1度の外来になりました。心配なことも外来で主治医の先生に相談できるので安心です。

普通に食べるのが当たり前だと今まで思ってきました。

でも、普通に過ごせて普通に食べてくれることを、心からありがたく、幸せに感じることができる日々を息子に教えてもらっています。

まとめ

ヒルシュスプルング病、聞いた時にネットでたくさん調べました。

でも、ネットには良いことも悪いことも書いてあり、何が正しいのか自分の息子は死んでしまうのか、数少ない情報に惑わされ、苦しんだこともありました。

ヒルシュスプルング病も、息子の場合は発見がまだ早い方で良かった、と言われますが、気付かずに、なんだか便秘がひどいな、と思って受診したら病気だったとわかる人もいるようで驚きました。

でも、私も、その病気だとわかるまでが本当に長く、主治医の先生に何度も、

「(息子は)死にませんよね?」

と質問をぶつけていました。

苦しい日々もたくさんありましたし、何度も泣きました。

外で元気な同じ年齢くらいの子供を見ては、うらやましいという気持ちに駆られました。

しかし、今振り返って、大きな病院で生んでいて発見が早くて良かった、主治医の先生が素晴らしくて最高の先生に出会えて良かった、と色々良い面を見つめることができています。

そして、当たり前のようですが、健康でいることは何よりも代えがたい、幸せなことだと気付きました。

実際になってみないとわからない気付かないたくさんのことを学ぶことができました。

不幸だったと言われるかもしれない、大変なことばっかりだったね、と思われるかもしれない、そうかもしれないけれど、普通の人が経験できないことを経験して、人一倍の幸せを知ることができたと思っています。

ヒルシュスプルング病のお子さんをお持ちの方や、今必死に闘っておられる方、決して一人ではないと思ってもらいたいです。

腸の無神経節の長さは人それぞれで、息子は一般的な方だったので、軽度だと言われますが、本当に色々な症状の子供達がいます。

それでも、それぞれ懸命に闘っているのは確かなのです。

そして、情報が少なくて、疑いはあるけれど、これからどうなっていくのか不安な方にぜひ読んでもらいたいと思っています。

そして、少しでも多くの方にこの病気のことを知ってもらいたいです。

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